「工場の昼休みの時間は、昼寝していてもいいんですけど、いつも本を読んでいました。そうすると『なに読んでるの?』って、周りの人が話しかけてくれる。そのうちに『あ、この言葉は日常会話にも使えるんだな』みたいに、少しずつ分かってくる。話せるようになってきたかな? って思ったのは来日して半年くらい過ぎた頃ですね。短い文しか話せなかったのが、だんだん長い文が作れるようになっていきました。
今も本は読みます。心理学とか、ビジネス関係のものとか。私、稲盛和夫さんの本がすごく好きなんですよ。『生き方』という本を、漢字を調べながら1年かけて読みました。前の日に読んだ部分を忘れてしまって、もう一回戻って読み返したりするので、1冊読み終えるのに時間はかかりますが、読書は大好きです。
本を読んだり、勉強したりするときはコーヒーをよく飲みます。お父さんがベトナムでコーヒーを作っているんですけど、初めて日本へ来たときは、荷物の中にお父さんがコーヒーをたくさん入れてくれました。お父さんのコーヒーを飲むと、やっぱりほっとしましたね。周りの人とも一緒に飲みました」
そうだ、ベトナムはコーヒーの栽培に適した温暖な国だが、対照的な気候の北海道での生活は驚きも多かったのではないだろうか。そのあたりも聞いてみよう。
「もちろん、寒いところだと知ってはいたんですけど、どのくらいの寒さなのか想像がつきませんでした。ベトナムは一年中、暑いというか暖かいから、寒いっていうのがそもそも分からない。だから最初の冬は大変でしたね。仕事が終わると私達4人、全員でストーブの周りに集まってもうどこへも行けない、動けない(笑)。肌も乾燥して、手にはひび割れができたりしました。寒さもそうですけど、乾燥もつらかったです。
雪を初めて見たときはわくわくしました。朝の天気予報で『今晩は雪が降ります』って言っているのを聞いて、その日は1日中、ずーっと空を見ていました。降ってるのかな、降るのかな、と思いながら雪を待ってました。
今は北見に住んでるんですけど、北見の雪は湿ってなくてとてもきれいです。でもそれは空気が乾いているから。だから今も肌の乾燥には悩まされますね」
(第3回に続く)
【プロフィール】
ゴー・ティ・トゥー・タオ/1992年、ベトナム生まれ。2017年6月、美幌農業協同組合の技能実習一期生として来日。現在は北見工業大学大学院博士課程に在籍し、研究テーマは「農薬の無害化」。
◆取材・文 北村浩子(きたむら・ひろこ)/日本語教師、ライター。FMヨコハマにて20年以上ニュースを担当し、本紹介番組「books A to Z」では2千冊近くの作品を取り上げた。雑誌に書評や著者インタビューを多数寄稿。