2023年3月23日、演劇界を代表する女優で、劇団民藝の代表を務める奈良岡朋子さんが肺炎のため亡くなった。
「『私が死んでも絶対に葬式はやるな』という奈良岡さんの強い遺志に従い、お別れの会も行わないと劇団から発表されると、すぐにドラマプロデューサーの石井ふく子さん(97才)から連絡があったんです」と言うのは、劇団民藝代表を務める丹野郁弓さんだ。
「石井先生は、『朋子さんがかわいそう』とお怒りでしたが、奈良岡さんは自分がいないところで、たとえいい話であっても、生前のエピソードを語られるのがイヤだと言っていたんです。『反論できないじゃない』と。それで奈良岡さんの希望を通させていただいたんです」(丹野さん・以下同)
丹野さんは、奈良岡さんの兄の娘、つまり姪に当たる。身内であっても、劇団内では女優と演出家としての関係。プライベートで深くかかわることはなかったが、奈良岡さんが80才になり、運転免許証を返納してからは、送り迎えを担当。生活にかかわることも増えたという。
「姪としては、そろそろ引退して、ゆっくり過ごしてもらいたいと考えるところですが、演出家としては、『劇団を代表する女優が強い信念を持って、いまだに芝居を続けたがっている』のだから、最後まで女優の仕事をまっとうさせてあげたいと思ったんです。そのための段取りを組んであげたいと……」
ライフワークとしていた奈良岡さんの一人芝居『黒い雨』を、90才になった2020年には5都市で上演した。
「歩くのがつらくて車いすに乗っていても、舞台のソファに座ると女優スイッチが入る。上演後は舞台袖までスタスタと歩ける。それが女優としてのプライド。厳しい人でしたが、覚悟を持って演じる姿は、まぶしく輝いていました。
呼吸が苦しいと連絡があって入院してから、24時間で逝ってしまって……。その後、自宅に行ったら、机の上にレポート用紙があって、そこに別れの言葉が書かれていたんです。
《新たな旅が始まりました。旅好きの私のことです、未知の世界への旅立ちは何やら心が弾みます。
向こうへ着いたらすぐに宇野さんを訪ねます。もう一度あの厳しい演出を受けたいと長い間願ってきました。でもね、宇野さん、私はあなたよりずっと長く生きて経験を積んできましたからね、昔のデコじゃないですよ。「デコ、お前ちっとましになったな」と言われたくてこれまで頑張ってきたんですから。腕が鳴ります。杉村先生とももう一度同じ舞台を踏みたかった。どんな役でもいいからご一緒したい。ワクワクします。