両親に挨拶するのは二、三本舞台をやって少し落ち着いてからにします。それからは裕ちゃんや和枝さんと思いっきり遊びます。
これが別れではないですよ。いつかはまたお会いできますからね。
それでは一足お先に失礼します。皆さまはどうぞごゆっくり……》
「奈良岡さんは、自分の部屋に小さな祭壇めいたものを置き、そこに両親、杉村春子さん、石原裕次郎さん、美空ひばりさんの写真を飾り、毎朝水の入ったグラスを供え、手を合わせていました。
祭壇では見つけられなかった宇野重吉先生の写真は、リビングに飾っていたジャン・コクトーの版画の裏に挟んでありました。陰から見守ってもらえるよう、隠していたのかもしれません。最後の言葉を届けた相手とは、生前からいつも一緒にいて、言葉を交わしていたようです。
あれは、本当は別れの言葉のつもりで書いたのではないかもしれませんが、奈良岡さんらしい、とても粋なメッセージだと思います。
あなたが遺した芝居の魂は、私たちがしっかり受け継ぎ、ゆるりとそちらに伺います」
【プロフィール】
丹野郁弓さん/1982年に劇団民藝入団。数々の舞台翻訳を手がけた後、演出家に。2024年は中島京子の小説『やさしい猫』を舞台化し、演出を務める(2月3日〜・紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA)。
取材・文/山下和恵
※女性セブン2024年1月4・11日号