スズ子にとっての「戦争」と「愛助」
『ブギウギ』があえて戦時中のシーンで年またぎする理由として真っ先にあげられるのは、「終戦がスズ子にとって最大の出来事ではない」から。
すでに弟・六郎(黒崎煌代)は戦争で命を落としており、父・梅吉(柳葉敏郎)は故郷の香川へ帰るなど家族の心配は少ない。その後に出会った恋人・愛助は病気で戦地に行かず戦争の影響を受けづらい。戦争によってスズ子の歌手活動がすべて奪われていたわけではなく、苦しいながらも地方巡業ができていた。
特に重要な歌と愛助を戦争に奪われたわけではないスズ子にとって終戦は物語のハイライトにはなりづらいところがあります。たとえば、年末最終週の放送で主人公が夫の戦死を知った『カーネーション』とは大きく異なることがわかるでしょう。
もちろん終戦のメリットはスズ子にも多く、その最たるところが閉鎖されていた劇場の再開と、羽鳥(草なぎ剛)、りつ子(菊地凛子)らとの再会。さらに女優業への挑戦や妊娠・出産なども予告されているだけに、物語が一気に加速しそうなムードがただよっています。
振り返ると第1話冒頭のシーンは、終戦から3年後の昭和23年でした。「戦争の傷跡が生々しく、先の見えない世の中に、多くの日本人が不安を抱えていたころ……人々を楽しませ、励まし、生きていく活力を与えた一人の女性がいました。その女性は“女手ひとつで子どもを育てる未婚の母”でした」というナレーションとともにスズ子が登場。
とある劇場の控え室で自らの赤ちゃんにキスしたあと、「ほな、お母ちゃん、お客さんとズキズキ、ワクワクしてくるわ」とほほ笑みかけてステージに飛び出し、「東京ブギウギ」を歌うシーンが流れました。
「女手1つで子どもを育てる未婚の母」というナレーションを見ても、スズ子のモデルである笠置シヅ子さんの生涯を見ても、愛助との別れが描かれることは確定的であり、結核の症状を見ても愛助の命が危ういことは視聴者も分かっているでしょう。彼との別れはスズ子にとって戦争と同等以上につらい出来事であり、これが後半のハイライトになりそうです。
その意味で年末の“戦争年またぎ”は、戦争こそ終わっていないものの、愛助との関係性は良好のため、それほど深刻な印象を抱かせません。むしろ『ブギウギ』の戦争年またぎは「まもなく終戦」という明るいきざしとみていいのではないでしょうか。
【木村隆志】
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月30本前後のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演し、番組への情報提供も行っている。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。