芦沢:将棋界を大きく変えたといわれるAIですが、私は棋力がないこともあって、対局の観戦時にはAIの示す評価値を大いに参考にしています。その一方で、将棋の魅力はその数字に表われない部分にも多分にあるのではないかとも思っています。
先崎:確かにAIの評価値は一概に語れません。同じ70%でも、まだお互いの玉が固い段階だと数値ほどの差は感じられませんが、囲いが崩されている局面だと、それが数値以上の大きな差になってくることもある。
芦沢:プロの対局でAIが示す候補手を見ると、最善手がひとつだけで、それ以外を選択すれば形勢が逆転するような局面が頻繁に出現します。評価値と棋士の実戦心理の間には常にギャップがあり、そのなかに将棋の面白さが凝縮されているようにも感じますね。
先崎:AIというのはいわばマニュアル本のようなもので、以前は勘でやっていた棋士も、いまはそれを読まないといけなくなりました。さらに日々、バージョンアップされて新しいマニュアル本が出るわけですから。棋士は大変です。
(後編につづく)
【プロフィール】
先崎学(せんざき・まなぶ)/1970年、青森県生まれ。棋士。1981年に小学5年生で奨励会に入会。1987年に四段に昇段し、プロに。棋戦優勝2回、A級在位2期。著書に『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』(文藝春秋)など。
芦沢央(あしざわ・よう)/1984年、東京都生まれ。作家。2012年、『罪の余白』(KADOKAWA)で第3回野生時代フロンティア文学賞を受賞し、デビュー。2022年、『神の悪手』(新潮社)で将棋ペンクラブ大賞文芸部門優秀賞を受賞。そのほか『夜の道標』(中央公論新社)など著書多数。
※週刊ポスト2024年1月12・19日号