8大タイトル独占という前人未到の偉業を成し遂げた藤井聡太八冠(21)。将棋界は今年も「一強」が続くのか──プロ棋士の先崎学九段と、将棋に造詣が深い作家・芦沢央氏が語り合った。【前後編の前編】
先崎:昨年10月、全冠制覇を達成した藤井聡太八冠ですが、「同学年対決」で注目された10~11月の竜王戦七番勝負でも伊藤匠七段(21)に4連勝し、3連覇を決めました。こうなると誰が絶対王者の牙城を崩すのか、今年の将棋界は挑戦者争いから目が離せません。
芦沢:「観る将」の私は仕事が手につかず困っています。昨年、日本推理作家協会で将棋部を再結成したのですが、タイトル戦が始まるとグループLINEのやりとりで盛り上がってしまい、終盤はチャット状態。こうなると原稿の執筆はもはや不可能です。
先崎:皆さん、ぜひ仕事はしていただきたいですけれども(笑)。いまはBGM代わりに動画中継でタイトル戦を楽しめる時代になりましたね。
芦沢:藤井先生が八冠を達成した昨年の王座戦第4局はあまりに劇的でした。最終盤、永瀬(拓矢王座=当時、31)先生の勝ちになったと思われたところで急転直下の大逆転が起き、永瀬先生が頭をかきむしってミスを悔やんだ姿が忘れられません。
先崎:敗着に気づいて落胆する姿は、棋士たちにとっては見慣れた光景なのですが、注目度が段違いに高い対局とあって、将棋ファンの間では大変な反響がありました。たった1手で勝負がひっくり返る、将棋特有のゲーム性が生み出す人間ドラマが見る者の胸を打つのでしょう。
芦沢:私がもうひとつ印象に残ったのは、永瀬先生の「投了後」の冷静な振る舞いでした。棋士の先生はみな、幼少期から将棋を通じて気持ちの整理のつけ方を訓練されているのだなあと改めてプロの凄みを感じましたね。
先崎:将棋は最善手を選び続けるのが難しい、つまり間違えやすいゲームです。ただし終盤、相手の玉に詰みがある時に間違えて勝ちを逃す、決定的な悪手を指してしまうと、それは序中盤の間違いに比べて、棋士が自分自身を責める度合いが高くなってしまいます。
芦沢:永瀬先生は将棋の内容的に見て、スコア以上に藤井先生に対抗している印象があります。今年もタイトル戦線での活躍が期待されますね。
先崎:無敵のようにも見える藤井さんですが、この先、何年も全冠独占を維持できるかといえばさすがに難しいのではないかというのが私の見方です。ただし、その棋士が藤井さんに拮抗できるかどうかですよね。金星を挙げるだけではなく、東西の正横綱のように、並び立つ存在になれるかどうかがポイントでしょう。