ライフ

【このミス大賞『ファラオの密室』】白川尚史氏インタビュー「人生のマイナスとプラスの差分に生じるカタルシスを堪能してもらいたい」

白川尚史氏が新作について語る

白川尚史氏が新作について語る

 2023年、宝島社主催の第22回『このミステリーがすごい!』大賞を本書『ファラオの密室』で受賞し、古代エジプトを舞台にした不可能犯罪や自分を殺した犯人を追うミイラといった設定が選考でも評価された白川尚史氏(34)。東大在学中は松尾研究室で機械学習を学び、PKSHA Technology社の創業者の1人でもある彼が、同社を退き、小説の執筆を始めたのは、2020年末のことだという。

「ちょうど子供が生まれる時期で、創業からい続けた会社を1度離れることにしたんです。ただ私には前から『人って基本、作家になりたいんじゃないの?』というくらい作家への憧れがあって、この機会にチャレンジしてみようと。本は読みたい人より書きたい人が多いとも聞くし、誰にでも表現したいものは何かしらあると思うんです」

 真実を司る神マアトから心臓が欠けていて審判不可能と宣告され、〈現世に戻って、心臓の欠片を探してきてはどうだ〉と3日間の猶予を許された元上級神官書記の〈セティ〉。彼が先王アクエンアテンの遺体消失事件や自分殺しの真相を追う本作は、確かに王道の本格ミステリーではある。が、それ以上に現代とは全く異なる人々の死生観や暮らしぶりを覗き見るのが面白く、何より人はどんな時代にも、人であるらしい。

「実は私自身はエジプトに全然詳しくないし、理系だから世界史もほとんど勉強してこなかった。ただ、4作目の新人賞への挑戦である本作を書くにあたって、舞台をどこに設定するかが大事だと考え、日本の現代を無意識に書くよりは、もっと視野を広げてみようと考えたんです。

 例えばメソポタミア文明=楔形文字という知識はあっても、そこにどんな人達がどんな価値観で生きていたか知っている人は少ない。それであの地域一帯のことを調べてみたら、特に古代エジプトはヒエログリフが19世紀にようやく解読されたり、研究的にもまだまだフロンティアで、わからないことが多かったんです。

 起業もそうですが、なぜ今、これを、私が書くのかという、『3つのWHY』が私は大事だと思っていて、未来と同様、わからないからこそ想像の余地があって面白い。それがエジプトを今、私が書いた理由です」

 とはいえ紀元前14世紀のエジプトである。白川氏は生活様式も社会通念も何もかもが違う世界を活写すべく膨大な資料を読み込み、結果的にヒエログリフまで読めるようになったとか。

「辞書片手にですけどね。現代ではあり得ない設定に説得力を持たせるためにも、出来る限り細部まで調べまくるしかないと思って。少なくともミイラ自体は読者も写真や美術館等々で見た経験があるだろうし、ミイラが生き返るところまでは信じてほしい、その先は何でもありにしませんから、という一線は引いたつもりです」

 自分がなぜ死んだのか、まるで覚えがないセティが、自分を殺して心臓を盗んだ犯人を現世へ探しに行き、3日後までに戻らなければ魂が永遠に彷徨うことになるという絶妙な時限設定。また、〈書記長イセシの子〉として期待に応える一方、確執も抱えたセティと、孤児から当代随一のミイラ職人に出世し、先王や実はセティのミイラも手がけた幼馴染〈タレク〉との友情。

 さらに故郷ハットゥシャでエジプト兵に攫われ、今は奴隷として王墓建設に従事する10歳の少女〈カリ〉や、太陽神アテン以外の宗教を禁じた先王の葬儀を、その遺志に背く形で進めようとする神官長〈メリラア〉ら、各々の事情や思惑が交錯し、怒涛の結末へと向かう様は、物語の王道といえるもので、難解さは意外にも全く感じない。

関連記事

トピックス

田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
暴力団幹部たちが熱心に取り組む若見えの工夫 ネイルサロンに通い、にんにく注射も 「プラセンタ注射はみんな打ってる」
NEWSポストセブン
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン