都内の食品卸会社に勤務する伊藤由里さん(仮名・30代)は、入社直後、専務があまりにも自然に”セクハラ”を行うことに唖然とした。何しろ、新人研修の時でさえ「伊藤ちゃんはボンキュボンで素晴らしい」などと言い放ち、つい先日までは学生だった伊藤さんら新人社員を怯ませたのだ。しかし、専務は会社にとって非常に重要な存在であり、社内報や業界紙にしばしば登場しては「食品業界の未来」などといった難しいテーマの寄稿を行うなど内外に知られた存在であった為か、セクハラを咎める上司は皆無だったという。
「年齢の近い女性の上司なんか、セクハラされて喜んでいるようにも見えました。これがこの会社の普通だし、専務がいなければ私たちの仕事もなくなると感じてしまっていました。実際、会社上層部には専務へのクレームもまったく無かったんです」(伊藤さん)
入社から5年ほどが経った頃、数人の女性社員たちが「専務のセクハラに対する抗議」と「セクハラ専務を許す会社への抗議」を行うと聞き、即座に頭をよぎったのは「専務がいなくなって大丈夫なの」という不安だったという。
「結局、私自身も専務のセクハラを許してしまっていた1人。セクハラがいけないこと、とは思わず、それくらいで専務を辞めさせてあなたたちの仕事はどうなるの、と。ただ、この時に旗振り役だった女性上司が、今まで専務のセクハラが理由で何人もの女性社員が辞めたこと、辞めた女性社員は会社の雰囲気に飲まれて被害の訴えを出せなかったことなどを教えてくれました。その時に初めて、自分もセクハラをする側にいたのかと情けなくて悲しく、恥ずかしいと感じました」(伊藤さん)
ベテラン女性社員や男性上司の一部からは、なお専務を擁護する声も聞かれたが、伊藤さんが「時代が変わりかけていたのかもしれない」というように、役員会で専務の異動があっさりと決定した。以来、セクハラはもちろんパワハラを許さないという空気が会社中に醸成され、年齢や立場に関係なくものが言い合える、風通しの良い職場になったという。
「専務がいなくなった損失は確かにありました。でも、そのまま黙認していては、若手がみんなやめて会社がなくなっていたかもしれない。損得勘定で考えるのはおかしいかもしれませんが、長い目でみれば結局セクハラやパワハラは生産性を低下させるだけ。何より、セクハラやパワハラが許される世の中ではダメなんです」(伊藤さん)
翻って、私たちの職場ではどうだろうか。今なお、敏腕だがパワハラばかり、人付き合いはピカイチだがセクハラばかり……そんな人が大きな顔をしてのさばってはいないだろうか。それを許しているのが自分自身であり、そのせいで組織の可能性の芽すら摘み取っているという事実と、しっかり対峙すべきだろう。