渡辺被告は、うつむきながら、ひとことひとこと、絞り出すように話す。父親が何の仕事をしていたのかも知らない。ただ、朝に家を出ていき、夜になると帰宅するため「どこかしらで働いているのだろう、と思っていた」という。
中学生の頃には、父親が渡辺被告に対し、激昂することもあったという。
「特に怖かったのは、中学生の頃のある夜、私は自分の部屋に鍵をかけて、犬と隠れていたんですが、父親が部屋の鍵を壊して入ってきて。……もう本当に殺される、死ぬ、と思って、意を決して、一大決心をして、警察に電話をして『助けてください!父親に殺されます!』って状況を説明したんです。
警察は来てくれたんですけど、私が大げさにウソをついている、というように捉えられていて、助けてもらえなかったんです。私は、これで、父が逮捕されて、ようやく“怖い思い”をしない生活ができるのでは……と思っていたから……警察にも裏切られたというか……」
どういったことが原因で、渡辺被告に父親に対し恐怖心を抱くようになったのか、父と娘との間でどんなやりとりがあったのか、15分の接見では全容を聞くことは難しかったが、彼女が家族の中でも特に父親に対して、強い嫌悪感があることは伝わってきた。。
話題が父親のことに及んでから、表情も声のトーンもガラリと変わった彼女の様子を目の当たりにしながら、筆者は1度目の接見時、渡辺被告に被害者となったおぢたちについて質問したとき、彼女が彼らに「人間として接していない」と口にしていたことを思い出した。
今回の接見でも、筆者が差し入れたちょっとしたものに対して「こんなふうに物をもらってしまってすいません」と心底、申し訳なさそうにお礼をいう一幕があり、「被害者の男性から2000万円もらったことに対しては同じようには思わないのですか?」と聞いてみると、渡辺被告は、質問の意味が全くわからないというような様子で「だって、おぢに対しては、私がしてあげたことの“対価”だから。もらって当然だと思う。女の人には、私は何もしてあげられていないのではないかと思う」と返す。
また、現在の留置所生活を「女の人とたくさん話せるのが楽しい」と話す一方で、「男の人は、気持ち悪い。キモい……」と呟くこともあった。
渡辺被告がおぢたちに対し、「同じ人間と思っていない」と話すなど、徹底的に冷たい理由の一つには、彼女がずっと持っている「おじさん的な存在」に対する強い拒絶や恐怖心があるからなのではないか。それが、子供の頃から父親と上手くいかなかったことと関係があるのではないか。彼女が説明する家族の話からは、そんな憶測が浮かぶ。
母親に対しても複雑な感情があるようだった。
「お母さんは、友だちもいなくて、可哀そうなひとなんです。だから私が救ってあげたい」──そう話す渡辺被告だが、その母は、彼女が父からとの衝突にSOSを出していた際にも、彼女のそばにいることはなく、逮捕され収監された後もマメに面会に来ているような様子はない。それでも「お母さんには私しかいないから……」と言う。面会や手紙のやりとりを重ねるにつれ、その心境に変化が訪れているようだった。
(第3回に続く)