新年度を前に引っ越しが増える時期。かつて住んでいた家を懐かしく思い出す人も少なくないはず。これまでに16軒の家に住んだことがある『女性セブン』の名物ライター“オバ記者”こと野原広子氏が、過去の引っ越しについて綴る。
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衆議院議員会館事務所でアルバイトをするようになって足かけ6年。毎年春の気配を感じると、私が勤めるT議員の事務所に、霞が関のお役人たちが転任の挨拶にやって来るんだわ。聞いたら、キャリア官僚は2年に1度のペースで春に異動するんだってね。
それで思い出したのが12年ほど前、私が54才の頃、フランス旅行をしたときに出会ったNさんのこと。彼も日本からの旅行者で、7才年上の既婚男性。聞けば、電力会社を退職したばかりで、奥さんとは不仲だという。で、帰国してから池袋で飲もうということになり、再会した。
そのとき酔った勢いで「ちょっとつきあってもらえますか?」と言われ、彼が住んだ社員寮を見に行ったことがあるのよ。歩いて15分ほどなので足を運んだんだけど、着くなり、「あの頃のまんまだ」とその場に立ち尽くしたまま、彼はしばらく動かなかった。
どんな思い出があるのかと思って、「ちなみに、ここの間取りは?」と聞いたんだけど、その答えが意外だったの。「ここは自分で住みたくて住んだわけではないから、間取りは覚えてないんだよ」とキッパリ。転勤族の彼は、退職するまで夫婦で20回以上転居したそうだけど、ほとんどの間取りを覚えていないんだそうな。
「てことは、家庭に興味がないんじゃ? 奥様との不仲の原因もそこにあるんじゃ?」と言うと、彼は黙ってしまった。こういう余計なことを言うのが私の悪いクセだけど、直らないね。
それにしても、思い入れの浅い社宅とはいえ、自分が住んだ家のことをそんなに覚えていないものかね?
でね、先日、夜更けに思い立って、18才で上京してから66才の今日まで、自分が住んだところを指折り数えてみたのよ。
全部で16軒。住み込み店員をした文京区の靴屋から始まって、板橋区で3軒、江戸川区で4軒。結婚して離婚した後に、千葉県八千代市の公団住宅に2年弱。あとは、中野区、渋谷区、中央区、千代田区とずっと都内でひとり暮らしをしてきた。その間に編集プロダクションを起こし、新宿区に事務所を2軒借りている。それらも含めて、48年間で計16軒。もちろん私は自分で選んで住んでいるから、すべての間取りを覚えている。
ふだん私は過去を振り返る趣味はないけど、これも年齢かしらね。その夜は、それぞれの場所がいまどうなっているか、Googleマップで調べてみたの。
すると、24才で結婚するまでに住んだ6軒は風呂なしの木造モルタルだから全滅していた。だけど、それ以降に住んだ家は、一部の例外を除いて、30年経ったいまも当時のまま残っていた。