マップでその建物を探し当てると、当時その家を出入りしてたときの自分の気持ちや、周囲の音や、匂い、私の周囲にいた人々のことまでもが不意に思い出されて、胸が締め付けられた。
中でも、タブレットの前で小一時間フリーズしたのは、文京区の高台にある4階建てのこぢんまりしたビルを見つけたときだ。
このビルの4階の一室で、私は三四郎と暮らした。三四郎とはこの連載にもしばしば登場した愛猫で、ミルク飲みの子猫だった頃から19年をともにした。出入り自由にさせておいた三四郎は、私と一緒だと気を強くして、近所の猫に喧嘩を売りまくり、絶叫する。近所迷惑もいいところだけど、私がポンポンと2回静かに手を打つと、どこからともなく私の足首を目がけてスッ飛んできた。
よせばいいのに、彼と何度も歩いたその散歩道をGoogleマップ上で行き来したからたまらない。ヤツが亡くなって4年半。再び声をあげて泣いた。そして泣きながら、こうしてヤツとの記憶をたどれるのは文明の利器があってこそだなと、三四郎代わりにタブレットを撫でたりしてね。
ここには15年間住んだ。私の中では最長だけど、最初に内見に行ったときのことはよく覚えてる。6畳二間の間の敷居の上にペタリと座って窓を全開にしたら、遠くまで見通せて、いい風が吹き抜けたのよ。それで決めたの。42才のときだ。
いま、渋谷、麻布、虎ノ門、新宿、大手町──都心のあらゆるところで、街の形ごと変えるような再開発が行われているけれど、手をつけてはいけないところはそのまま残っている。
たとえば、動かすと祟るという言い伝えのある大手町の「平将門の首塚」などは、超一等地なのに手つかずのまんまなの。
経済効果ばかり言う令和だけど、人の目に見えない何ものかを畏れる気持ちは変わらないんだよね。
そう思うとなんだか急にほっとして、いつの間にか深い眠りについていたのでした。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2024年3月21日号