冒頭の数行で右足をいきなり故障し、氷水で冷やす景が、脳内の一瞬にしては鮮明すぎる映像に戸惑いつつも、〈それでも僕は、初めからまた記憶を辿り直す。それ以外にすることがなかった〉と途方に暮れる序章。かと思うと場面は数日前に戻り、試合を2日後に控えたチームの活気や、校内の恋愛事情に詳しい同級生〈浦井〉とのどうでもいい会話まで、明暗共にビビッドな彼らの群像劇を、坪田氏は具に活写していく。
「僕は景より多少熱いタイプなので、部活にそこまで熱中できない主人公を、違うからこそ書いてみたかった。一方で遊晴や梅太郎や綾のように、何かに夢中になってもがく人ばかりでも嘘になる。そこにこの浦井みたいな人物を入れることで小説がグッと締まる感じがしたし、高校生にもいろんな生き方をしている人が実際にいるはずなので」
実は件の練習試合前夜、部室に忘れ物を取りに行き、その帰りに通称〈鹿坂〉で学校から突然路上に落ちてきたリュックに驚いた景は、自転車ごと倒れて足を挫いたことを、誰にも言えずにいた。
そして後日、景はリュックを落とした綾のことを彼女が描いた文化祭のポスターで知り、〈……私、罪を滅ぼしたいって思ってる〉〈なにかできることがあったら、言ってほしい〉と、唐突な申し出を受けるのだ。
会話で性格までわかる書き方
15歳の時に大手の漫画賞で佳作をとった綾が新作をずっと書けずにいることや、彼女の唯一の親友〈長谷部さん〉が〈ときどき、深海にいる気分になる〉という綾の発言をとても心配していること。その綾に新歓用ポスターの制作を依頼し、動画を送った景が、〈点取ったり取られたりするたびにコートの真ん中に集まるよね〉〈あれって、どんな意味があるの〉などと訊かれ、この競技の異質さに気づく場面や、景の不在を埋めた北村が〈炭酸〉を買う意外な意味など、各々の言動の余波や化学反応が印象的だ。
「バレーのシーンは書こうと思えばいくらでも書けるけど、誰かの変化や自信の起点になったプレイなど、要所要所だけに留めました。
しんどくて苦しいことの連続の部活をなぜ続けるかというと、あの時の感触やあの景色を、人が無意識に求めてしまうからだと思う。それは仕事や何でもそうで、そういう過去の点に支えられて自分と切り離せないものになっていく感じとか、僕は小説や映画でも会話劇が好きなので、会話だけでその人の性格までわかるような書き方は意識しました。
例えば深海という言葉も綾と長谷部さんでは捉え方が全然違って、そのズレにむしろ2人の友情が現われるような描き方をしたかったんです。お互いを思う想像力の方向性は違っても、関係までズレることはないと、僕個人は思うので」
他にも表題の八秒の意味など、様々なものが反転し、非ミステリーでありながらアッと言わされること度々な、発見と人間への信頼にみちた、いい青春小説だ。
【プロフィール】
坪田侑也(つぼた・ゆうや)/ 2002年東京生まれ。現在慶應義塾大学医学部3年生。同医学部体育会バレーボール部にも所属。小2の頃、はやみねかおる氏の作品群に感激し、「小4の時には将来の夢は小説家って書いていました」。2018年に友人の母の勧めで応募した『探偵はぼっちじゃない』で第21回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、翌年単行本デビュー。「大学の残り3年間であと何作か出せたらいいなと」。コンプレックスは「オタク的な偏愛が持てないこと」。179cm、64kg、A型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2024年3月22日号