土俵上では東前頭17枚目の尊富士の110年ぶりの新入幕優勝をめぐって注目された春場所だが、土俵外で話題を席巻したのが、元幕内・北青鵬の暴力問題をめぐる宮城野親方(元横綱・白鵬)の処分と宮城野部屋の処遇だ。
春場所中、宮城野部屋の親方と力士は基本的に私用での外出が認められず、場所前と場所後の部屋の激励会や打ち上げといったパーティも禁止されていた。後援者との会食も禁止され、部屋への差し入れも玄関前での受け取りとなった。協会関係者が言う。
「宮城野親方はもちろん、部屋の力士も会場との往復だけ。何かあれば師匠代行の玉垣親方(元小結・智乃花)の責任ということで、厳しい監視がなされた。通常、場所後は1週間の休みがあって故郷に帰る者もいるが、千秋楽翌日には全員が帰京することになっている。地方場所で外出できないのはストレスが溜まったはずだ」
部屋の処遇をめぐっては、場所中に情報が錯綜した。相撲担当記者はこう言う。
「宮城野部屋の処遇については、所属する伊勢ヶ濱一門が意見をまとめ、それを協会執行部が承認、場所後の理事会で決定する流れになっていた。しかし、場所前に一門が提出した“弟子たちを大島部屋、宮城野親方を伊勢ヶ濱部屋に移す”という案を差し戻しにした。
一門は執行部の顔色を窺って当初の案を出したが、“師弟が慕い、慕われる関係を築くべき”ということで却下された。執行部は、次に宮城野親方が何かを起こした時には退職に追い込む構えだが、師匠と弟子をバラバラにして過度に追い込んだ印象も与えたくない。そういうことで差し戻しになったのでしょう」
二子山部屋と藤島部屋の合併時はゴタゴタ解消に2年近く
差し戻しがあった後は、一門の次期理事の浅香山親方(元大関・魁皇)が執行部に何度も足を運んで調整を重ねたのだという。
「大島親方(元関脇・旭天鵬)の部屋は現在の墨田区業平から、場所後は葛飾区青戸に新しく建てた広い部屋に転居することになっている。そのため宮城野部屋の弟子が移籍しても受け入れることができるとしていたが、執行部はモンゴル出身親方が一緒になることだけは認めない。執行部は理事が責任を取って対応するよう浅香山部屋への移籍を促しているようだが、なかなか落としどころが見つからず、連日のように役員室に浅香山親方が足を運んでいた」