社会全体で変えようって「空気」もあっていい
冒頭の銀行員は「酒が飲めない人には地獄ですよ」と繰り返し訴える。
「うちは実力行使で強要する人はさすがに少ないですけど、やっぱりみんなで『飲めないんだー』『空気読めよ』という感じが遠回しに伝わってくるんですよね。『まあ一杯』でやんわり拒否ると露骨に冷たい態度になる人もいます」
まさに「アルハラ」だが会社や学校が体育会気質だったりするといまだに強要の圧は凄い。ネットではそうした気質を批判する人が多いように感じるが、リアルではそうしたアルハラ気質の人たちの力が強く、実のところ本音では嫌な人も、飲めない人も我慢して「空気」を読んでいる。酒の同調圧力、かなり手強い。
「ネットで飲み会叩いても現実は違う。まあ本音と建前ですよ、みんな仕事絡みのリアルじゃそうでしょう」
実際、「飲み会はきっぱり断りましょう」「強要は違法なので労基や弁護士に相談」などネットで書かれていても、学校はともかく現実に地域や会社で徹底的に闘うかと言えば難しい。はっきり言って冒頭の彼が言うように土地柄、業界によっては絶望的に「酒の飲めない奴は鍛えてやる」「飲まない奴は仲間じゃない」で全員がアルハラ気質だったりするコミュニティもある。「酒くらいでうるさいな」がいまだ多数派なことも承知している。嫌でも空気の読む、もしくは組織の一員として、受け入れるしかない現実がある。
「その通りです。無理して飲みますけど、辛いですね」
この「空気」が結局のところ日本の問題の根底にあって、山本七平の『空気の研究』などまさにそれだろう。一部の識者はこの日本人の「空気を読む」という気質をライトに広めたのは「空気読め」のダウンタウン・松本人志だとするが、それはともかく元からあった気質というか、コロナ禍でもこの日本人の「空気を読む」が改めて注目されたが、まさに「酒」の問題もそうなのだろう。お酌も一気も「空気」を読む。
「飲み会ってそういうものなのでしょうけど、そろそろ社会全体で変えようって『空気』もあっていいように思うんですけどね。私が飲めないからという以上に危ないですし、部活だと出場停止とかになるでしょう」