客が入っていないのになぜか続いている理由とは
最近になって、柚木さんは、外に出て、しばらく会っていない友人にも会うようになった。
「久しぶりに外に出たら、渋谷とか全然変わってて『私の知ってる渋谷じゃない!』ってびっくりしました。家にいる間ずっと、誰が入っているのかわからない喫茶店とかマダムショップとかがどうなっているか気になっていて、残ってるとほっとしたり、なくなってるとすごく悲しかったり。激マズなコーヒーを出す店が、昼間だけよそに貸してうまく生き残ってたりすると何とも言えない痛快な気持ちになります」
ちなみに「マダムショップ」というのは婦人雑貨店のことで、「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」に出てくる柚木さんの造語である。
「昔から気になっていて、客は入ってないし、儲かってる様子もないけど、なぜかずっと続いているのには何か秘密があるのではと調査研究を続けています。地元のお寿司屋さんでそれとなく話に出すと、お客さんや大将が『あそこはね〜』と教えてくれるんですよ。私が調べた範囲では、資産家が税金対策でやっているようで、輸入雑貨が多いのは買い付け代が経費になるからみたいです。私みたいな一見の客が入っていって買い物したりすると、お店の人に本気でびっくりされますね」
これってなんだろうという疑問や面白がる気持ちが、絶対に繁盛しないけど街に溶け込むこの形態は「街の秩序を守る諜報機関として機能しているのでは」という奇想天外な展開につながっていく。
20才で子どもを産む人もいれば、40代で産む人もいるため、親子ぐらいの年齢差があるママ友や幼なじみが生まれるという小説内の設定も、柚木さんの実体験にもとづくものだ。
小説のためにラーメンを一からつくったり(「めんや 評論家おことわり」)、ラッパーに取材して、自分でも韻を踏んでみたり(「スター誕生」)。自分でやってみることで、これまでわからないと思ってきた人たちの心のうちをうかがい知ることができたという。
デビュー作以来、女性どうしの関係性を描いてきた。心理を深く掘り下げて書くと、どうしても「女性どうしのドロドロした人間関係を描くのがうまい」と言われてしまうのが悩みだった。