【著者インタビュー】柚木麻子さん/『あいにくあんたのためじゃない』/新潮社/1760円
【本の内容】
「めんや 評論家おことわり」「BAKESHOP MIREY’S」「トリアージ2020」「パティオ8」「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」「スター誕生」の全6篇の短篇集。「めんや〜」は、《全方位型端麗大航海時代の幕を切ったと言われる、今年で創業五十年「中華そば のぞみ」は、かつて家系ラーメン激戦区だった三軒茶屋駅南口から歩いて十五分の場所にある》という一文から始まる。そんな人気はあるが厳しい批評を赦さない偏狭なラーメン店に閉め出されたラーメン評論家の一人、佐橋ラー油に同情の気持ちも寄せつつ読み進めると──。どの短篇もよもやの展開に驚き、そして元気をもらえる「強炭酸エナドリ」短篇集。
短篇集としては『ついでにジェントルメン』に続いて2冊目になる。切れのいいタイトルはモーニング娘。’23の歌詞から取ったそう。
「短篇を書くとき一貫したテーマを考えたりはしてなくて、1冊にするにあたって、編集者から『何か通底するテーマのタイトルがほしい』と言われたんです。ちょうどそのときモーニング娘。’23さんの『Wake−up Call〜目覚めるとき〜』の『生憎あんたのためじゃない』って歌詞がすごくハロプロっぽくて気に入って、しょっちゅう口ずさんでいたので、こういうのどうですかって提案しました」
「そんなメイクは似合わない」と言われて女の子が返す言葉は、短篇集に収められた6篇すべてに不思議なくらいマッチする。ラーメン評論家のいい加減なブログで傷つけられた人たちの復讐劇「めんや 評論家おことわり」も、焼き菓子の店を開く夢を見る女性と支援したい女性の「BAKESHOP MIREY’S」も、勝手に決めつけられた当事者が「あんたのためじゃない」と切り返す物語だ。
執筆時期が一番早い「BAKESHOP」が2019年7月、最後の「スター誕生」が2023年7月で、コロナ禍をはさんで書かれたことになる。
「コロナ禍をはさんで書いたのは私にとって大きかったですね。『トリアージ2020』の登場人物と同じで私も15歳のときにレジオネラ肺炎に罹っていて、主治医から外出しないように言われていたので、うちに閉じこもってワンオペ育児をしながら小説を書く毎日でした。とても大変だったけど、SNSを駆使して外の世界とつながってもいて、そういうことが小説に反映されていると思います」
コロナ禍に、子どもたちがマンションの中庭で遊ぶことを禁じられ、子育て中の親が窮地に陥る「パティオ8」は、柚木さんの友人の身に実際に起きた話だそう。
「現実は小説より苦くて、庭が使えなくなった住人が引っ越しを余儀なくされ、『パティオ8』のみんなはいま別々に暮らしています。文句を言った人も、子どもの多いマンションだとわかって入居してるのに。リモート勤務の人が増えて、子どもがうるさいと言われ引っ越すようなことはコロナ禍に結構あって、それって今の日本の縮図みたいですよね。話を聞いて腹が立ったし、小説ではなんとかハッピーエンドにしたかった。住人たちも読んで喜んでくれてるそうです。やったー!」