得意の口上をテキヤが言う場面
話を寅さんに戻そう。テキヤ稼業を生業にしていた寅さんは、テキヤ系暴力団組織の組員ではないためヤクザではない。
「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」というお馴染みの口上は、テキヤの挨拶だという。
テキヤは口上が得意だ。ヤクザの代替わりの襲名披露や盃事では、代々伝わる作法に則って媒酌人を務めてきたのがテキヤであった。「有名なのは浅草の丁子家会で、どの媒酌人を呼ぶかで盃事の格も変わる」と幹部は話す。「俺も口上を言えと言われればスラスラと出てくるが、それを言う機会はほとんどない。今のテキヤは代替わりして若い者が多いから、寅さんみたいに口上を言えるヤツは数少ないだろう。そもそも口上なんて知らないんじゃないか」という。
「俺の知っているテキヤで、寅さんみたいにあれだけ全国をあっちこっちフラフラ回るような者はいない。今のテキヤのスタイルではない。今のテキヤの組織では無理だろう。俺らからすればどこにも属さないフーテンの寅さんは、テキヤというより半グレだな。それに鯉口シャツに腹巻姿の男が昼間、住宅街を歩いてごらんよ。それこそ変質者扱いだ。新宿歌舞伎町を歩こうものなら、数メートルで警察官に職務質問をかけられる」と幹部は笑い出した。
国民的映画の主人公がヤクザから半グレと言われてしまう。それだけ時代も環境も変わったということだろう。