日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画に対して4月17日、バイデン米大統領が「完全に米国の企業であり続けるべきだ」と述べ、消極姿勢を改めて鮮明にした。12日には前大統領のトランプ氏も「偉大な企業が日本に売却される」と警戒感を表明。米CNNまでが「合併の見通しは物議を醸し、これまでなかったほど悪化している」と報じているが、何が起きているのか。2000年代初頭に経産省米州課長として鉄鋼摩擦の対応にあたった明星大学教授・細川昌彦氏が舞台裏を読み解く。【前後編の前編】
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今回の買収案件を日米のメディアが「こじれている」と報じています。11月の大統領選で激突するバイデンとトランプの政争の具となり、その行く末に暗雲が立ち込めている、という話になっています。しかし、表面的にはそう見えても、大統領選挙キャンペーン中の政治家の言葉に一喜一憂するのは誤りです。水面下では全く別の動きがある、と認識しなければ、事の本質を見誤ります。
発言は、ピッツバーグにある全米鉄鋼労働組合(USW)本部で行われた演説で飛び出しました。ピッツバーグがあるペンシルベニア州は、産業が衰退しつつあるラストベルトのど真ん中。大統領選の度に勝つ政党が変わるスイングステイトでもあります。
しかも鉄鋼業界で働く85万人の労働者でつくるUSWは、今回の計画に反対の立場。その政治的主張に寄り添うスタンスを表明したかたちですが、その発言は、実は目新しいものではありません。
バイデン大統領は3月14日、すでに「(USスチールは)国内で所有・運営される米国の鉄鋼会社であり続けることが不可欠だ」という声明を出しています。そのレトリックを吟味すると、読み手に買収に否定的である印象を与えつつも、トランプ氏が打ち出しているような「阻止する」「反対する」といった表現は入っていない。これは交渉の余地があることを示しており、4月17日の発言もこの声明に沿ったものです。