北朝鮮が韓国に核を撃つ!?
手嶋:世界の勢力均衡線の引き直しは東アジアにも及んでいる。台湾と中国の戦争の可能性ばかりが議論されていますが、北朝鮮のドラスティックな変化も見逃せません。
北朝鮮は南北の「平和統一」を掲げてきたが、ここにきて韓国を「同族」ではなく「敵対する別国家」と定義し直した。南北統一関係の組織を全部なくしたうえ、朝鮮人と韓国人を別民族だとする論理を構築したのです。金正恩の父・金正日の大学時代の論文が見つかり、北朝鮮人は高句麗や渤海の伝統を引く民族で、韓国人は新羅や百済の末裔で劣った民族だと再定義しました。
佐藤:その論理に基づけば、北朝鮮の持つ巡航ミサイルやドローンの脅威のレベルが違ってきます。北朝鮮にとって、韓国国民が同胞であれば、ソウルを火の海にはできないし、核も向けられない。しかし、別の民族だと定義し直せば、そうした禁忌がなくなるわけですね。
手嶋:明らかに朝鮮半島の危機は、中東、ウクライナ、台湾海峡と同じレベルまで高まっている。
佐藤:日本人の常識にあるのは、米国や西欧を中心に出てきた「人間の命が何より大切」という生命至上主義ですが、それが通用しなくなっていることを知るべき。現に、ロシアはウクライナ侵攻で大勢の兵士を投入したし、イスラエルも生命至上主義ならガザへの攻撃なんかしないでしょう。イランも北朝鮮も同様。根本的な価値観が違うプレイヤーがどんな論理を持ち、その論理を達成するうえでどのくらいの力があるかを見極め、それらがぶつかった時に日本にどんな影響があるかを考えなければならない。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
手嶋龍一(てしま・りゅういち)/1949年、北海道生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局長などを歴任。2005年に退職後、作家・ジャーナリストとして活動。『ウルトラ・ダラー』など著書多数。佐藤氏との共著『イスラエル戦争の嘘』が話題。
佐藤優(さとう・まさる)/1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本国大使館などを経て外務省国際情報局に勤務。現在は作家として活動。主著に『国家の罠──外務省のラスプーチンと呼ばれて』などがある。
※週刊ポスト2024年5月17・24日号