会ったときも、去るときも、編集者とカメラマンと書き手である私の3人の目をそれぞれじっと見て3回、頭を下げる。それも、はち切れんばかりの笑顔とセットで。
林家つる子は、ひとまず、そんな落語家だ。
「私の母親が、とにかく明るい人で。小さい頃、友だちと遊ぶより母と遊んでいる方が楽しかったんです。そんな母にいつも憧れていて」
2024年3月、つる子は女性落語家として初めて抜擢で真打ちとなった。抜擢とは年功序列ではなく、その順番を飛び越えて出世することである。そのため通常、入門から16年前後かかるところをつる子は約14年で最高位に到達した。
約1年前、師匠である林家正蔵から昇進の話を聞いたときのことをつる子はこう振り返る。
「嬉しかったですけど、怖かったです。自分にできるのかな、と。抜擢で真打ちになった方々は人気者ばっかりですから」
この春、3か月にわたる真打ち披露興行では、つる子の代名詞ともいえる演目『芝浜』『子別れ』『紺屋高尾』を繰り返し披露している。つる子が女性目線の噺に書き換えた人情噺の大ネタだ。落語評論家の広瀬和生が言う。
「落語のネタって男性目線で、男性に都合のいい話が圧倒的に多いんです。なので女性は不利だと言われてきた。これまでも滑稽噺を女性目線の噺に描き直した女性落語家はいたんです。でも、つる子さんは大ネタをあそこまで改作した。しかも古典の世界観を壊さずに。二ツ目になったばかりの頃は張り切ってやってるけど何がしたいのかわからない印象でした。ここにきて、ようやく自分にしかできない落語を見つけましたね」
今回の抜擢人事に関して、広瀬はこう話す。
「落語界はスターをつくらなければならない。そういう意味では、これほどの人材はいません。顔芸も、ここまでやるかというくらいやったり。とにかく人を楽しませたいというサービス精神の旺盛さは、さすが昭和の爆笑王、初代林家三平の一門という気がします」