絶対王者が初の連敗を喫し、八冠陥落の危機を迎えている。かつて「同世代にライバルなし」とまで言わしめた天才に立ちはだかるのは、闘志を燃やす“因縁”の同世代棋士たちだった──。
熱戦の終盤、追い詰められた藤井聡太八冠(21才)は苦悩の表情を浮かべた。厳しい戦いを物語るかのように、手にした扇子を力なくぽとりと落とす場面もあった。幾度となくため息をつき、天を仰ぐ。対局開始から約10時間、ひときわ深く息を吐いた藤井は、10秒ほどうなだれると「まいりました」と白旗をあげた。
5月2日、将棋の叡王戦5番勝負の第3局が愛知・名古屋市内のホテルで行われ、藤井は挑戦者・伊藤匠七段(21才)に敗れた。藤井は4月20日の第2局に続いて伊藤に連敗を喫し、対戦成績は1勝2敗。タイトル戦で藤井が連敗したのは、今回が初めてのことだ。
2016年に史上最年少(14才2か月)でプロ棋士になった藤井は驚異的なペースで白星を重ね、昨年10月には将棋の全タイトルを独占して「八冠」を成し遂げた。絶対王者を追い詰めた伊藤は、藤井の同級生で12年前から因縁の仲だ。
「2人は小学3年生のとき、子供大会の準決勝で対決しました。そのときに伊藤さんが勝ち、敗れた藤井さんが会場中に響き渡るほどの大声で30分以上も大泣きしたというのは有名な話です。のちに伊藤さんは“藤井を泣かせた男”と呼ばれるようになりました」(将棋関係者)
伊藤は17才でプロになるも、今回の叡王戦までプロとして藤井に一度も勝ったことがなく、対戦成績は11敗1分だった。だが直近の連勝は、決して不思議なことではないという。
「若くして将棋界のトップに立った藤井さんは、“同世代にライバルはいない”といわれてきました。ただ、それは彼の出世が異様に早く、同世代にプロ棋士がほとんどいなかっただけという面もあります。伊藤さんは19才のときに新人王戦で優勝するなど、歴代の一流棋士と比べても遜色ないペースで出世しています。伊藤さんに限らず、近い将来、実力をつけた同世代の棋士が藤井さんを猛追するでしょう」(全国紙将棋担当記者)
実際、藤井の無双を止めようと同世代の棋士たちが藤井に迫っている。なかには、伊藤同様に藤井との因縁がある棋士もいる。高田明浩五段(21才)はそのひとりだ。岐阜県出身の高田は、藤井と伊藤と同じ2002年生まれで、小学6年生のときにプロ棋士の養成機関である関西の「奨励会」に入会した。ちなみに、藤井は小4、伊藤は小5で入会していた。
「高田さんと藤井さんは、小学生のときに何度も対局しました。当時は高田さんの方が圧倒的に強くて、敗れた藤井さんが“もう帰る”と悔しがったことがあったそうです。
当時の藤井さんはそんな高田さんを意識するあまり、そっけない態度をとることもあった。ですが実力が逆転した中学時代になると、藤井さんの方から気さくに声をかけるようになったそうです。藤井少年の負けず嫌いがそうさせたのでしょうが、高田さんは態度の変わりように違和感を覚えたこともあったようです」(前出・将棋関係者)
高田も18才でプロ棋士の仲間入りを果たし、着実に戦績を積み重ねている。昨年度(2023年度)の成長は著しく、プロ棋士のなかで勝率と勝数ともに6位にランクインした。なお、勝率1位は藤井で、勝数1位は伊藤だった。物静かな雰囲気の藤井や伊藤とは異なり、高田はどこか野性的な雰囲気の持ち主。同級生3人でタイトルを争う日も近いだろう。