スペインの海岸でマイクロプラスチックを拾うボランティアたち(写真/アフロ)
加えて近年、多くの科学者たちが懸念しているのは大気中に浮遊するマイクロプラスチックの問題だ。
大河内さんらの研究グループは東京・新宿や大阪・堺、富士山頂など国内13か所に観測点を設置し、カンボジアやベトナムでも大気を採取して分析を進めている。例えば新宿では、2022年冬に1立方メートルあたり0.21個のマイクロプラスチックを検出した。
「大気中のマイクロプラスチックの発生源はさまざまで、交通量が多い道路沿いはタイヤやアスファルトなどの摩耗粉塵が多く、海が荒れる冬場の日本海では、海中のマイクロプラスチックが風によって巻き上げられて大気に混入する可能性があります。
肥料に含まれるプラスチックや農業用マルチフィルム、人工芝や衣服なども大気中のマイクロプラスチックの発生源となり得ます」(大河内さん・以下同)
大気中のマイクロプラスチックは健康にどう影響するのか。広島大学の石原康宏教授の研究グループはペットボトルの材料であるポリエチレンテレフタレート(PET)を使って実験を行ったという。
「ラットの研究では、(模擬)太陽光で劣化したPETを吸い込むと、肺の中でテレフタル酸という有害な化学物質を放出し続け、呼吸器に悪影響を及ぼしました。つまり人間が大気中の劣化したPETを吸い込んだ場合でも、喘息などを悪化させる可能性があるということ。
食べ物や飲み物として摂取したマイクロプラスチックはある程度は体外に排出されますが、空気と一緒に吸ったものは肺胞まで到達して排出されず、体内にたまり続けます。人は1日に2万回以上呼吸するので、プラスチックを“食べる”ことや“飲む”こと以上に“吸う”リスクの方が大きくなると考えられます」
このように現在、さまざまな健康リスクが次々と明らかになってきたが、取り沙汰されたのはもっと前のことだった。
「日本社会でマイクロプラスチックが大きな問題となり始めたのは2008年頃です。当時は海洋生物に影響して生体系を破壊することがクローズアップされました。その後、徐々に人体への影響が注目されるようになりました」
しかしその便利さゆえ、見て見ぬふりを続けてきた結果が、現状なのだ。日本の姿勢を示したのは2018年、カナダで開かれたG7だ。プラスチックごみによる海洋汚染問題への各国の対策を促す「海洋プラスチック憲章」が採択されたが、日本とアメリカだけが署名しなかった。プラスチック廃棄量が世界トップ2の両国の署名拒否には、国内外から大きな批判が寄せられた。在仏ジャーナリストの羽生のり子さんが言う。
「ヨーロッパが“環境負荷軽減”に舵を切る一方、日本は産業界寄りの“便利さ”を優先させました。その結果、現在も日本はプラスチック依存から抜け出せていません」