旧友との久しぶりの再会は、あの頃に戻れる瞬間でもあり、さまざまな気づきを得られる時間でもある。中学時代の友人2人に52年ぶりに会った『女性セブン』の名物ライター“オバ記者”こと野原広子が、それぞれの人生について綴る。
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いきなりだけど、自分の呼び名(というか、人からの呼ばれ方)、いくつあります?
「○○さん」の○○は名前だったり姓だったり。「さん」が「ちゃん」になることもあるし、子供やペットがいると「○○ちゃんのママ」になったりもする。
私の場合、最近は「オバ記者」と呼ばれることが多いけど、詰めて「オバ」と言う人もいるし、「オバちゃん」もあり。でも「野原さん」という人がほとんど。茨城の友達からは旧姓の「ヤマザキ」か「広子ちゃん」と呼ばれる。
まぁ、呼び名なんて耳になじんでしまえば何だっていいけど、「山子」と呼ばれたときはギョッとした。中学校の3年間所属していたバレーボール部の中だけの呼び名だもの。……てことは52年ぶり? いやもう、ここまで時間が経つと、何のことか一瞬わからなかったものね。
きっかけは、生まれ故郷・茨城県桜川市が主催してくれた講演会。私が講師として招かれたとあって、小学6年生のときのクラス会の幹事をしている水道屋のグンちゃんがみんなに声をかけてくれて、大勢の同級生が来てくれた。その中のひとり、ケイコちゃんが「山子、久しぶり〜」って。
わが故郷は筑波山麓に三日月のように囲まれた城下町で、雨上がりに丘の上から見ると、スイスかオーストリアのザルツブルクかと思うほど美しい町なの。ところが、東京から桜川市の「大和駅」に行こうとすると、つくばエクスプレスのつくば駅から地域バスを2つ乗り継ぐか、JR水戸線の岩瀬駅からこれまた地域バスに30分ほど身をゆだねるしかない。だから、講演会の日、つくば駅に車をつけて待っていてくれたケイコちゃんがどれほどありがたかったかわからない。
そのケイコちゃんと私が「ぜひ会いたい」と意見が一致したのが、バレー部のキャプテンだったサトちゃんだ。で、その3人のお茶会が先日、実現したわけ。
52年ぶりの親交を温める前に近況を伝えておこうと、私のエッセイやネット記事を3人のグループLINEに送ったら、そりゃあ大好評よ(笑い)。2人とも講演会で会うまで、私がこの年までライターをしていることを知らなかったんだよね。