開幕から3か月が過ぎ、交流戦に突入したプロ野球。両チームの選手とともに試合を進行するうえで欠かせない存在が「審判員」だ。判定をめぐって選手や監督らから猛抗議を受ける場面もしばしば目にするが、彼らには知り得ない苦労が多いという。38年に及ぶプロ野球審判人生で3001試合に出場した橘高淳氏が振り返る、プロ野球審判員の知られざる姿とは──。スポーツを長年取材する鵜飼克郎氏が聞いた。(全5回の第1回。文中敬称略)
* * *
日本野球の頂点にあるNPB(日本野球機構)。その舞台で審判として選手とボールを追い、ジャッジを下してきた橘高淳は2022年に60歳を迎え、同年9月20日の阪神−DeNA戦を最後に38年間の審判生活に幕を下ろした。出場試合数は3001。この数字に届いたのは橘高を含めて19人しかいない。
1985年にNPBの審判部入りした橘高は、セントラル野球連盟関西在住審判として正式に契約した。
「高卒で阪神タイガースに入団した時の年俸は240万円。それからの在籍4年間で300万円には届きませんでした。面接の時に審判部長の富澤宏哉さんから『(選手時代から)若干下がるけど、やっていけるか』と聞かれました。独身だったし、40年近く前の物価ですからね。そんなに悪い待遇ではなかったと思います」
だが、それで将来が安泰になったわけではない。審判員はサラリーマンではなく、1年ごとにNPBと契約を更新する個人事業主だからだ。プロ野球選手のような契約金もない。オフにクビを通告されれば、その瞬間に無職になってしまう。
「あくまでも実力の世界です。プロの審判として通用しないとみなされれば、翌年の契約更新時にお払い箱になる。一軍に上がれないまま辞めていった審判員をたくさん見てきました。一軍のゲームに出るようになっても、誤審が問題となって契約延長されなかった審判もいました。ミスは誰でもありますが、『同じようなミスが多い』『ミスの原因は何か』『改善される見通しが低い』といった評価を経て、契約が更新されるかどうかの判断が下されるのです」
プロ野球審判は選手同様にシビアな世界
次のシーズンも契約が継続される審判には10月末までに翌年の更新の連絡が届くが、カットされる審判にはシーズン終盤の9月に打ち切りが伝えられる。実績があるベテランの場合は「引退試合」を組んでもらえる一方で、ナイターに出場した翌日に「今季限り」を通告される審判もいたという。プロ野球選手の戦力外通告と同様にシビアな世界だ。
実は審判には明確な定年が決まっていない。これも選手と同じだが、近年は橘高のように60歳を区切りに引退するケースが多く、事実上の“定年”となっている。
「ひと昔前は55歳が区切りでした。それが56歳になり、58歳と延びていった。そして60歳まで務めた先輩がここ3年ほど続いたので、僕も60歳までやりました。
引退年齢が上がっている背景には人材不足があります。審判の養成には時間がかかるうえ、ミスが多ければ契約が打ち切りとなる。2025年あたりに60歳を迎える審判が多いので、今後はさらに引き上げないと審判が足りなくなってしまうかもしれません」