今年、74歳。映画俳優として、監督として、第一線で活躍を続ける奥田瑛二。映画『かくしごと』では、認知症となった老人を演じている。名優は、どのようにこの役と向き合ったのか。撮影の裏側で何を思っていたのか──。【全3回の第1回】
「よろしくお願いします」と言いながら、すっと風のように入ってきた奥田瑛二さん。変わらずダンディーで、70代半ばとなった今も、どこか男の色香が漂う。
その彼がいっさいの色気を抜き去って向き合ったのが、この6月、公開となる映画『かくしごと』だ。ここで奥田は妻亡きあと、山あいの家にひとり住む、認知症となった老人を演じた。
「監督の熱のこもった依頼に、すぐに『やろう』と返事をしました」
ある夏の日。父親と絶縁状態にあった絵本作家の女性(杏)が、父の症状を知り仕方なく帰郷してくる。あるとき、事故で記憶を失った少年と出会ったことで、物語は大きく動き出していく。少年の身体には、虐待の痕跡があった。DV、虐待、親子関係、介護……と、現代の日本が内包する問題を描き出した作品で、カメラはそれぞれの人物が抱える心の傷を丁寧に掬い取り、日本の美しいひと夏の中に映し出していく。主演の杏も、ほとんど化粧っけのない顔で、かつて見せたことのない表情を見せ、やがて訪れる、心震わすラストシーンは圧巻である。
「父と娘、断絶した関係だから、撮影期間は、僕も杏さんも互いに距離をとっていて、ほとんど話をしなかったんです。映画の中で娘に『え、あんた誰かね』なんていうセリフがあるわけで、なのに合間で『最近、いいレストランある?』みたいな会話をしていたら、カメラにはその緩みが一瞬で映ってしまう。そこは自分で言うのもおかしいけど、いい俳優同士なら、初日から暗黙の了解が出来上がるんです。
僕は、(杏の父親である)渡辺謙さんと共演もしているし、僕の娘のひとり(安藤)サクラは、俳優をやっている。家族環境が似ているんですよね。そういう親近感はあるわけだけど、撮影にはまったく関係ないことで、帰りの車の中でふっと、ああ、謙さんの娘さんだったなと思ったりするくらいだった」