義母を介した経験をもとに向かった役作り
奥田はとことん役にのめり込み、リアルを求める俳優であることで知られる。今作を手がけた関根光才監督は、2019年に公開された映画『洗骨』での、奥田の演技に心打たれ、是が非でもとオファーしたという。沖縄の離島に残る、死者の骨を洗うという風習と、家族の絆を描いた作品で、奥田は古ぼけた肌着姿でこれまでにない、しょぼくれた顔を見せていた。
「今回は、認知症の老人をやることになって、まず記憶を辿ったのは、義母(妻の安藤和津さんの母)の介護のことでした。結婚後から一緒に暮らしていたので、症状が出始めてから看取るまで、俳優をやりながらずっと世話をした。それこそ下の世話もしましたけど、僕は嫌じゃなかったんですよ。それこそ排泄物を、ボーンと壁に投げつけるようなこともあったりしましたけどね。
抱える体勢で顔を近づけたら『やめて、不潔!』とか言われたときは、ショックを受けたりもしました。誠心誠意やっているのにって。でもそれが認知症の現実なんです。……かみさんはもっと凄絶だったと思います。すっかり鬱の状態になってしまっていた」
義母の介護の日々を思い出しつつ、奥田はさらに富山県のとある施設、2か所を訪問して、認知症の老人たちと終日、向き合いもした。
「歩き方から何から気づくことがたくさんあって、それは役を体現するにあたって強烈なプラスとなりました。撮影中、僕は寝ても覚めても、家でも外でも一日中、役に入っているから、もう本当にすっかり爺さんになっていましたよ。体も気持ちもね」
尋常でない役への取り組みは、たとえ虚構の世界とはいえ、嘘をつきたくないからだ。たとえば今作には、畳の上で失禁してしまうシーンもあった。ダンディーな俳優のイメージなど、そこには微塵もなく、「(俳優としての)覚悟、というものですか」と問うと、目に力がこもった。
「羞恥心、プライド、僕はゼロですから。俳優として引き受けたなら、その人間になるだけ。ただ、自尊心だけは持っている」
なんと潔い素敵な言葉だろうか。
「粗相をして、風呂に入れられるシーンもあった。監督が下着を着けてくださいと。『いや、ばかやろう、違うよ。気を使うといい作品にならねえぞ』って僕は言ったんです。磨りガラスの向こうから撮っていたって、着けているのといないのとでは、まったく違ってしまう。作りごとになる。本番を撮ったらやっぱり『脱いでいただけますか』と。脱ぐと一発OKとなった。カメラは本当のことを映し出してしまうんです」
(第2回つづく)
【プロフィール】
奥田瑛二(おくだ・えいじ)/1950年生まれ。1979年、映画『もっとしなやかにもっとしたたかに』で初主演。熊井啓監督の『海と毒薬』(1986年)で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。『千利休・本覚坊遺文』(1989年)で日本アカデミー主演男優賞を受賞。『棒の哀しみ』(1994年)ではキネマ旬報など8つの主演男優賞を受賞。2001年『少女~an adolescent』で映画監督デビュー。『長い散歩』(2006年)でモントリオール世界映画祭グランプリを受賞。私生活では、1979年にエッセイストの安藤和津さんと結婚。長女・桃子は映画監督、次女・サクラは俳優。画家、俳人としての活躍も知られ、昨年、夏井いつきさんとの対談本『よもだ俳人 子規の艶』を発売。
◆映画『かくしごと』あらすじ
絵本作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)が認知症を発症したため、田舎に戻ってしぶしぶ介護を始めることになった。他人のような父親との同居に辟易する日々を送っていたある日、事故で記憶を失ってしまった少年を助けた千紗子は、彼の身体に虐待の痕を見つける。少年を守るため、千紗子は自分が母親だと嘘をついて、一緒に暮らし始めるが……。
6月7日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
取材・文/水田静子 撮影/篠田英美 ヘアメイク/田中・エネルギー・けん
※女性セブン2024年6月13日号