限られていく時間を生ききりたい
一本気で群れず、やりたいことに突き進んでしまう夫、父親を持つ家族は、長い紆余曲折を経て、和津さんは再びエッセイストとして、長女の安藤桃子さんは映画監督として、次女の安藤サクラさんは俳優として活躍する、“表現する一家”となった。特にサクラさんの突出した演技力は、高く評価されている。
「父親を超えたとか言われると、ムッとしていた時期もありますが、今はうれしいですね。僕がかつてお世話になった監督さんたちに、俳優としての感性を刷り込まれたように、サクラの作品に対する思いきりのよさとか、心構えといったものは、この父親の背中を見てきて、よい方に輝いてくれているのだと、強引に思うようにしています(笑い)」
現在、奥田が心残りなのは、コロナの時期に撮れなかった作品のことだと言った。
「すべてが整って、さあこれからだ、というクランクイン1週間前に、最初の非常事態宣言が出てしまった。落胆しました。あれから3年ほどは、撮影が休止になったからだけでなく、僕自身、ブラックホールに落ちたようになってしまって……自己喪失とでもいうのか、気力がゼロになってしまってね、あんなことは初めてでした。
若い俳優さんたちには、3年間ムダになってしまったけど、これから自分の寿命に3年足せばいいからと話しました。けれどよく考えたら、我々、年取った人間にそれは通用しないと気づいたんです。ますます時間は限られていくわけだから。ですから、やりたいことは、これまで以上にやっていこうと。とにかく現場にいることが好きでたまらないんです。気力が戻った今、また果敢に攻めていきますよ」
話をするまなざしに、この先も俳優として、監督として生ききろうとする覚悟が見えた。ふっと香る色気も健在だ。
(了。第1回を読む)
【プロフィール】
奥田瑛二(おくだ・えいじ)/1950年生まれ。1979年、映画『もっとしなやかにもっとしたたかに』で初主演。熊井啓監督の『海と毒薬』(1986年)で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞。『千利休・本覚坊遺文』(1989年)で日本アカデミー主演男優賞を受賞。『棒の哀しみ』(1994年)ではキネマ旬報など8つの主演男優賞を受賞。2001年『少女~an adolescent』で映画監督デビュー。『長い散歩』(2006年)でモントリオール世界映画祭グランプリを受賞。私生活では、1979年にエッセイストの安藤和津さんと結婚。長女・桃子は映画監督、次女・サクラは俳優。画家、俳人としての活躍も知られ、昨年、夏井いつきさんとの対談本『よもだ俳人 子規の艶』を発売。
◆映画『かくしごと』あらすじ
絵本作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)が認知症を発症したため、田舎に戻ってしぶしぶ介護を始めることになった。他人のような父親との同居に辟易する日々を送っていたある日、事故で記憶を失ってしまった少年を助けた千紗子は、彼の身体に虐待の痕を見つける。少年を守るため、千紗子は自分が母親だと嘘をついて、一緒に暮らし始めるが……。
6月7日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
取材・文/水田静子 撮影/篠田英美 ヘアメイク/田中・エネルギー・けん
※女性セブン2024年6月13日号