専門家組織の廃止に伴い、武見敬三・厚労相(左)から感謝状を受け取る尾身氏

専門家組織の廃止に伴い、武見敬三・厚労相(左)から感謝状を受け取る尾身氏

「物の動きに準じて」

 取材を重ねるなかで、広野氏が印象深い出来事として振り返るのは、インタビューした部屋にたまたまかかっていた肖像画をきっかけに、尾身氏が若い頃に傾倒した批評家・小林秀雄について語り始めた瞬間のことだった。

 広野氏は著書『奔流』で、〈尾身の思考のなかの大きな交差点に、小林秀雄が坐っていた。おかげで私は少し、尾身を身近に感じることができた〉(240ページ)と記している。尾身氏が愛読したという小林秀雄の『無私の精神』には、次のような一節がある。

〈有能な実行家は、いつも自己主張より物の動きの方を重視しているものだ。現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。物の動きに準じて自己を日に新たにするとは一種の無私である〉

 広野氏が解説する。

「これは尾身さんが大切にしている言葉だそうで、この一節のなかにある『物の動き』というのは、実践家が対峙していかなければならない現実のことと解釈できます。つまり、対峙する現実が刻一刻と変わっていくなかでは、現実の動きにあわせつつも、感染を下火にするために対応を変えていかなければならない。コロナ禍では、危機感が伝わらないことに困った尾身さんは、“政治判断に対してサイレント(発信しない)としていた原則”から、“必要な時には発信する”という姿勢に切り替えた。このことで“言行不一致ではないか”と批判されることにもなる。そう見られることもいとわず、現実に即して対応を変えることを意識した人だったのではないか。

 ただ、尾身さんは世界保健機構(WHO)の西太平洋事務局長として急性呼吸器系症候群(SARS)の対応の指揮を執った経験を持つ稀有の人材。たまたまいた尾身さんのような個人に頼る危機管理のあり方では、ポストコロナのパンデミック対策は成功しないでしょう。専門家個人に頼らない制度設計や人材育成が必要ですし、そのためには専門家だけでなく政治家のコロナ対応も検証する必要があるはずです」

【プロフィール】
広野真嗣(ひろの・しんじ)/1975年、東京都生まれ。慶応義塾大法学部卒。神戸新聞記者、猪瀬直樹事務所スタッフを経て、2015年からフリーに。2017年、『消された信仰』(小学館文庫)で小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)。

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