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「野沢直子の回答」を寄ってたかって批判する光景に抱く心配の種

甲子園と五輪は同時期だが?(時事通信フォト)

朝日新聞が舞台に(時事通信フォト)

 論争が難しい時代である。コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。

 * * *
 その昔、井上陽水の『傘がない』という歌が大ヒットしました。発売は1972(昭和47)年、陽水が23歳のときです。新聞は都会で若者の自殺が増えていると報じているが、それよりも自分には雨の中を彼女に会いに行くための傘がないことのほうが問題だ――。時代は学生運動の嵐が吹き荒れた直後。若者の虚無感と焦りを表現した切ない歌です。

 当時、この歌は世の「良識ある大人」から激しく批判されました。ニュースで報じられる社会問題よりも彼女に会いたい気持ちのほうが大事だと歌うなんて、なんて嘆かわしい、なんてケシカラン、だから今どきの若者は……といった調子でした。今振り返れば、いかに的外れで、いかに一面的な批判かがよくわかります。

 先日、野沢直子の悩み相談への回答が、いわゆる「知識人」のみなさんから、寄ってたかって批判されました。その光景を見て、52年前の「傘がない騒動」を連想した次第です。

 回答は、朝日新聞の土曜別刷り「be」の人気連載「悩みのるつぼ」に掲載されたもの。この連載では、上野千鶴子や美輪明宏など5人の回答者が、交代で読者から寄せられた悩みに答えています。5月18日付の紙面に登場したのが野沢直子でした。

 紙面で読んだときに「へえー、面白いこと言うなあ」と感心した自分としては、あの回答は批判されて当然だ、批判しないヤツは意識が低い……という前提を押しつけられる雰囲気は、じつに気持ち悪くて不愉快でした。少し時間が経って自分の頭もクールダウンしてきた今だからこそ、じっくり振り返ってみたいと思います。

回答はニュースに苦しんでいる相談者に刺さったか?

 相談を寄せたのは50代の男性。「不正義や理不尽な行動を伝える新聞報道を見るたび、怒りに燃えて困っています」「激しい憎悪を覚えるとともに、その後にもたらされる世界の大混乱を思うと、絶望的な気分になり、夜も眠れません」と訴えます。

「憂えたところで何をするという手立てもなく、だったら新聞報道など見なければよいのですが、社会問題から目を背けるようで気が引けます」「仕事も家庭も順調で平和に暮らしています」とも。世界の先行きを憂いつつ、自分の気持ちの保ち方を尋ねています。

 混乱して自分を追い詰めている様子の相談者に対して、野沢直子は「おそらく、あなたは今、とても幸せなのだと思います。人間とはないものねだりな生き物で、あまり幸せだと『心配の種』が欲しくなってくるのだと思います」と答えます。

 さらに、世の中を嘆く前に「今自分が幸せなことに感謝して自分の周りにいる人たちを大切にしましょう」とアドバイス。「いつも寄るコンビニの店員さんに声をかける、近所の人に挨拶(あいさつ)をする」といったことから始めれば、「世の中は明るくなっていくと思うし、そんなに捨てたもんでもないんじゃないでしょうか」と締め括っています。

 極めてごもっともな回答と言えるでしょう。ただ、つかみで「まず最初に思ったのは、そんなに心配なさっているのなら実際に戦場に出向いて最前線で戦ったくればいいのにな、ということです」というインパクトの強い表現を使ったことが、大きな波紋を呼びました。本気で行けと言っているわけではないのは、読めばすぐわかるのに。

 さらに、アメリカに住んでいる立場からトランプ元大統領を引き合いに出しつつ、ニュース報道は起きていることの一面しか伝えていないと指摘。その上で「あなたがそこまで心配しているなら、その地に行って自分の目で確かめてくるべきだと思います」と、あえて挑発的な言い方でニュースに振り回される無意味さを説いています。

 十分にバランスが取れていて、過激な表現を織り交ぜているところも含め、野沢直子としての役割をきっちり果たしている回答だと言えるでしょう。ニュースに疲弊させられながらも、「ニュースに関心を持って世界の将来を憂う自分でいなければ」という呪縛に苦しんでいる気配の相談者にとっては、刺さる回答だったに違いありません。

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