西成から失われつつある「人情」
「西成には人情がある」。その言葉を頼りに、大前さんの店にはさまざまな事情を抱えた人が、無料うどんを食べにくる。しかし、こうした人情も少しずつ、着実に失われつつある。西成には外国マネーが流れ込み、地価が高騰。店を手放すオーナーも増えてきて、数年前から外国人が経営するカラオケ居酒屋の開店が相次ぎ、今や300店舗近くにものぼるという。
「古いお店やとツケで飲む文化が西成にはまだあって、知り合いの店では受給日になると生活保護の現金袋をそのまま店に渡してる人もおる。ただ、なかには支払わずに逃げる奴もおって、飛んだ連中の10人中6、7人はまた西成に戻ってくる。飛んで帰って来ない奴は、一般社会でも馴染める人間。戻ってくる奴は、西成でしか生活できへん人たち。
このまま飲み屋街が増えて発展していくと、社会から腫れ物扱いされた人たちが行き場を失うやろうし、昭和風情ある飲み屋も少なくなるやろうね。なればなったで、西成らしさを失う寂しさもある」
発展はすなわち、将来的に西成が果たしていた“福祉”の役割がなくなることを意味する。その大きな役割を終える日は、着実に近づいているのかもしれない。
◆取材/文/撮影:加藤慶