凍り付いたように全員、固まっていた
雑居ビルの1室にあった事務所には、子分たちが何人もいた。暴力団系右翼団体の子分といえば、当時はヤクザと変わりなかったという。古い作りの事務所の奥に元会長の部屋があり、真ん中に応接セットが置かれ、その後ろに大きな机が置かれていた。「その日は、たまたま電話番の若い者以外、自分の部屋で子分たちと話していた。自分は机の前に座り、数人は応接セットに座り、他の者はその後ろに立っていた」(元会長)。
組織の活動について話し合っていたその時、事務所の方で大きな物音がした。「皆が一斉にドアの方を向くと、乱暴にドアがあいて男が飛び込んできた。握りしめていた拳銃を俺に向けて構えたんだ」(元会長)。
その瞬間、子分たちは誰も身動きが出来なかった。「凍り付いたように全員、固まっていた。ひどい話だよな、これがヤクザかって。親分を守ろうと咄嗟に反撃するヤツも、即座に取り押さえようとするヤツもいなかった。思い出したらゾッとするな。ヤクザや右翼だからといって肝が据わっているヤツばかりではない」。
拳銃に対し反射的に動いたのは元会長だった。机の上にあったガラスの灰皿を男目がけて投げつけたのだ。「自分は戦争を経験し、何度も危ない目にあってきたから、拳銃を向けられたくらいでは驚かないのさ」。投げた灰皿は見事に男の顔に命中、ゴンという鈍い音が響き、男の額がざっくり切れた。反撃を受けて男は拳銃を落とし、切れた額を抑えた。指の間から血が噴き出す。それを見て子分たちは我に返り、馬乗りになって男を取り押さえたという。「俺が動かなければヤラれていたかもしれない。情けない話だ」(元会長)。
自分の命を投げうってでも親分を守るというのがヤクザの世界だと思っていたが、現実は違うようだ。