出典/厚生労働省「人口動態統計」
成人はほぼみんな甲状腺がん
寿命を延ばすための治療で本末転倒な結果にならないために、いざがんに罹患したとき、まずはじめに明暗を分けるのは、どんな治療をするかよりも「そもそも治療自体をするかどうか」、正しい選択をすることにある。まず、多くの専門家が「見守るだけでいいケースが多い」と挙げたのは、前立腺がんと甲状腺がんだ。
「特に前立腺がんは、高齢になると多くの人が罹患するものの、気づかないまま亡くなることが多い。“治療しなくていいがん”であることの裏づけとして有名なのは、福岡県の久山町で行われた調査です。80〜90代の老衰で寿命を全うしたかたのほぼ全員から小さな前立腺がんが見つかっている。甲状腺がんも同じで、症状が現れにくいので、甲状腺がんが原因で亡くなる人はほとんどいません」(森田さん)
内科医の名取宏さんは「どちらのがんも進行が遅い特性がある」と話す。
「そのため検診によって無症状の段階で見つかりやすいのですが、基本的には症状が出てから治療をしても遅くない。一方、手術などでがんを根治しようとすれば、QOL(生活の質)が低下したり合併症が起きたりするリスクがあります」
そのため現状、日本癌治療学会が発行するガイドラインでは、甲状腺がんは1cm以下の場合、治療をせずに経過観察をすることが推奨されている。
「甲状腺の近くには『反回神経』と呼ばれる声帯や嚥下機能を司る重要な神経が通っているので、手術で神経が傷つくと、声がかすれるなどの後遺症が残るケースがあります。近年では1.5cmや2cm以下のがんであっても手術は不要だという意見もあり、調査が進められています」(名取さん)
東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授の中川恵一さんも甲状腺がんを治療するかどうかの選択には慎重になるべきだと声を揃える。
「甲状腺がんは子供にも罹患者が多く、成人するとほとんどの人が甲状腺がんを潜在的に持っているといわれています。しかし多くの場合、大きくなったり悪化することはなくそのまま寿命を迎えることになります。
甲状腺がんが原因で命を落とすことはほぼないため、それを切除するために後遺症が生じる懸念のある手術を受けるのはあまりにもデメリットが大きい。また、治療後にホルモン剤をのみ続ける必要があることも負担だと感じる人が多いです」(中川さん)