「この本を書く上で最も気をつけたのは、絶対に嘘は書かないこと。一度でも嘘を書けば、それがさらなる嘘を呼ぶことはよくわかっていました。だから記憶を整理し、どこまでも自分と向き合って、“本当のこと”を書き残すことに注力しました」
白いスーツに華やかなピンクのネクタイを合わせた洒脱なファッションに身を包み、神妙な面持ちでそう語るのは、自らの半生を綴った『リーマンの牢獄』(講談社)を上梓した齋藤栄功氏(62才)。
斎藤氏は2008年6月、米投資銀行・リーマン・ブラザーズから371億円を詐取し、「リーマン・ショック」の引き金となったとも言われる大型詐欺「アスクレピオス事件」の主犯として逮捕された。嘘に嘘を重ねて架空のストーリーをでっちあげた彼はなぜ、長い沈黙を破って「本当のこと」を明かそうとしたのか──。
斎藤氏は大学卒業後、山一證券に入社するも自主廃業の憂き目に会い、メリルリンチ、三田証券などを経て医療経営コンサルト会社「アスクレピオス」を起業。しかしそこでの資金集めにおいて、詐欺とインサイダー取引容疑が発覚し、経済事犯として最長レベルとなる懲役15年の実刑判決を受けた。
「文章を書く習慣がついたのは長い服役生活の途中から。刑務所の特殊な暮らしに慣れるのに5年ほどかかり、それから経済学を学び直そうと考えて2014年に慶応義塾大学通信教育課程に獄中合格し、刑務所での作業に加えて勉学に励むことが日課になりました。
大学の課題でレポートや論文に取り組んでいるうちに、次第に書くことそのものに興味が生じたんです。当時読んだ新聞のコラムで、“書くことでしか自分と向き合うことはできない”という文章を見たことも大きかった。
刑務所の許可を得て入手した原稿用紙に小説を書き始め、3匹の子犬が未来の新聞を見つけるファンタジー小説を書き上げて『コバルト短編小説新人賞』に応募したこともありました。結果は落選でしたが、当時は何かを書くことで救われるような気がしていました」(齋藤氏・以下同)
仮出所したのは2022年6月。人づてに訪ねた監修者の阿部重夫氏に獄中で執筆した小説を見せたものの、「橋にも棒にもかからない」と一刀両断され、「フィクションではなく実録にしたらどうか」と諭されたことで、自身のリアルな経験を綴ることを決意した。