とはいえ、胸に一物ある大勢の人物が錯綜するストーリーを齋藤氏のみの視線から描くのは容易ではなく、“自分を良く見せよう”との心理も働く。なかなか思うように仕上げることができず、阿部氏の度重なるダメ出しとリテイク指示の末、たどり着いたのが「対話形式」のスタイルだった。
同書には「アバター」と呼ばれる齋藤氏の“分身”が登場し、アバターが斎藤氏にインタビューするQ&A方式で物語が進行する。
アバターは単なる進行役ではなく、《どうも変だな、齋藤さん》《何か隠しているのでは?》(《》内は『リーマンの牢獄』より引用。以下同)などと問いを重ねて“主人公”の本音を聞き出し、大金を手にして複数の女性にマンションを買い与える齋藤氏に対しては、《また齋藤さんの“援交”癖ですか。どうも女性の大学院生に弱い》と的確なツッコミを入れる。
齋藤氏は大手商社「丸紅」の嘱託社員らと共謀し、大手商社の保証のもと、数十から多いときには100%を超える年利がつく「丸紅案件」と称した架空の投資スキームを作り上げてリーマン・ブラザーズに融資を持ちかけた。あまりに“うますぎる話”を信頼させるため、丸紅本社の会議室を使い、スーツから名刺まで偽装した“丸紅の替え玉部長”まで登場させるという荒唐無稽な作戦でリーマンの担当者を信用させ、5回にわたり合計371億円の架空融資を引き出した。
文中のアバターからも《地面師顔負けの猿芝居》とダメ出しをされた、いかにも子供騙しで、いつかはバレるに決まっている危ない橋を渡り続けた理由について、齋藤氏は「自己防衛の本能からでしょうね」と語る。
「その問題を塀の中でずっと考えていましたが、人間には“いまの生活を維持したい”という根源的な欲求があると思うんです。自己防衛の本能とも言えるかもしれません。当時、私は不正に得た金で高級外車を乗り回し、高級エスコートクラブで知り合った愛人を囲っていましたが、一度そうした生活を始めると“これを維持しなければならない”という強迫観念にも似た気持ちが生じて来る。結果的に、その生活を維持するために一線を越えました。
それは共犯者だった丸紅の嘱託社員も同じだったと思います。会社で地位を守り、家族や周囲に対して“大手商社マン”として振る舞い続けるためには、どれほど汚い手を使ってでもノルマを達成する必要があったのでしょう。究極のところ、人間は“自分を守るため”に法を犯すのです」
だから、手元の金が増えれば増えるほど、「現状維持」が難しくなり、追い詰められていった──斎藤氏は当時の心境をそう振り返る。