2025年には「国民の5人に1人が75歳以上」という超高齢社会を迎えた日本。介護現場では慢性的な人手不足が課題となって久しい。このままでは満足にサービスが受けられなくなるとの懸念も高まっている。
他方、コロナ禍では多くの医療機関が患者との面会を原則的に禁止するなど、徹底した対策を実施。5類移行から1年あまりが経った今も、感染対策として入居者の自由を制限する介護現場も少なくない。感染や転倒を防ぐため居室に配膳し、一日中部屋に留まってもらわざるをえないケースもあるという。入居者の動きを減らすことで軽減されるリスクもあるが、シニアにとって幸せな暮らしぶりとは言い難い。萎縮する方向にいきがちな介護サービスにとって“本当に必要なもの”とは何か。脳研究の専門家で精神科医の古賀良彦氏に話を聞いた。
「これからの介護を考えるときにキーワードとなるのは“ウェルビーイング”です。環境省でも盛んに叫ばれるようになってきた言葉で、心と体が満たされ、社会とのつながりが健やかな状態を保つことを意味しています」
環境省が2024年5月21日に策定した「第6次環境基本計画」では、環境政策の最上位にウェルビーイングを位置づけている。従来重んじられてきたGDPなどの“市場的価値”だけにとらわれるのでなく、“幸福や生活の質”の追求も重視すると強調したことで話題を呼んだ。WHO(世界保健機関)では「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあること」と定義している。
「年配になると、どうしても行動範囲が狭まり、心も体も、そして社会的にも縮こまる傾向があります。転倒などのリスクを避け、ただ漫然とテレビを見ながら部屋の中で一日を過ごすことは健康的とはいえず、誰ともおしゃべりをしないでいると、認知症が静かに進行していくことになります。美しい景色を見に出掛けたり、美味しいものを食べたり、ピアノの生演奏を聴いたり、あるいは自ら弾いてみたりというように、五感を使って“楽しい”“面白い”と感じることを自発的に、かつ、継続的に行なうことがウェルビーイングの実現であり、認知症を遠ざけるために必要なことになります」(古賀氏)