ベッドとデスクを横並びに置く“奇跡的な偶然”
セットでは物語の動線を考えた間取りが優先されるが、その中で“奇跡的な偶然”があったという。
「ホンの中では佐藤先生の書斎のシーンと寝室のシーンは分かれていました。でもどちらもシーン数が少ないので予算的にもひとまとめにするのはどうかと提案していたんです。そうしたら先生のお宅でも同室になっていた。ベッドと横並びに仕事のデスクを置く発想は普通では浮かびません。さすが作家先生ですよね」
書くことを生活の核とした佐藤さんは、起きてから寝る瞬間まで、小説やエッセイの内容を考え続け、推敲を重ねた。何かよいアイディアが思いついたときにすぐに机に向かえるように配置されているのだ。
佐藤さんは原作でも、《仕事をしていた時は朝、眼が醒めるとすぐにその日にするべき仕事、会うべき人のことなどが頭に浮かび、『さあ、やるぞ! 進軍!』
といった気分でパッと飛び起きたものでした》(『増補版 九十歳。何がめでたい』)と綴っている。
約1か月かけて組まれたセットは2か月間の撮影を終えるとまもなく解体された。思いが詰まったセットが壊される名残惜しさはなかったのか──そう問うと安藤さんは「終わった達成感で気持ちがすっきりしますよ」と笑い、形はなくなっても作品として映像に残りますから、と語った。
7月21日からは、佐藤さんが1973年に別荘を建てて以来、毎夏を過ごした北海道・浦河町の映画館「大黒座」でも『九十歳。何がめでたい』の上映が始まる。“めでたい”の輪はこれからも広がり続けていきそうだ。
取材・構成/渡部美也
※女性セブン2024年8月1日号