「勝負判定の難しさはもちろんだが、身の危険も伴う。行司は装束だけで防具なんてないからね。あの狭い土俵で巨体の力士2人がぶつかり合い、予想もしない動きをする。その間近に行司は立っています。力士をよけきれずに土俵下まで転がり落ちたこともあります。
取組中だけではありません。土俵下の行司溜まりで控えている時に150キロの力士が落ちてきたら逃げられない。はっきりいって命がけでした。それでも子供の頃から大相撲が好きだったから、行司になってよかったと思いますよ」
そう語る第37代木村庄之助に、「もっと行司に権限や威厳があればいいと思いませんか?」と水を向けると、静かに笑いながら答えた。
「差し違えたら、本当に切腹しないといけなくなってしまうからね」
軍配を握って人生の大半を過ごし、国技と名勝負を支えてきた畠山。筆者を「奥深き審判の世界」に誘ってくれたことへの感謝とともに、冥福を祈りたい。
(了。前編から読む)
※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。大相撲の行司のほか、野球やサッカー、柔道、飛び込みといった五輪種目を含む8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。