自分と同世代をちゃんとした大人として書こうと心がけた
杏奈がマリリンの孤独に向き合う、1人暮らしの部屋の場面は杏奈の視点で語られるが、大学では視点が変わって杏奈も登場人物の1人になる。ゼミのやりとりはリアルで、実際に大学で行われているゼミを取材させてもらったそうだ。
「私も大学ではゼミに入っていたんですがほとんど記憶がなくて(笑い)。今のゼミって、学生たちが全部運営していて、ゼミ長の学生が『なんでも聞いてください』と頼もしかったり、みんな勉強熱心で、とても刺激になりました」
10人のゼミ生を半分に分けて、教室に来るグループとオンラインで参加するグループを交互に振り分けるハイブリッド型の授業は、コロナの時代ならではのものだろう。
ゼミを指導する松島教授と、杏奈の母、杏奈の親の世代の若い人に対するつかず離れずの距離感が絶妙だ。
「ふだんは見守って、必要最低限なところだけ話に入る松島教授のやり方は、見学させてもらった先生の距離感そのままですね。松島教授は非正規の教員歴が長くて上の教員につぶされそうになったことがある設定にしていて、自分がそういう目に遭ったからこそ下の世代を抑圧してはいけないという思いが強い。私は松島教授や杏奈の母親世代に属しているので、同世代をちゃんとした大人として書こうと心がけました」
20代で小説の新人賞を受賞したとき、これから何が書きたいか編集者から聞かれた山内さんは「女の子どうしの友情」と答えたそうだ。それは少女小説で書くことで、大人の女性作家は恋愛小説を書いてください、と編集者に言われて衝撃を受けた経験がある。
「自分の書きたいものって何だろうって考えているときに、上野千鶴子さんの『女ぎらい』を連載で読んで、頭を殴られるというか0.01ぐらいだった視力が2.0まで回復する感じがして、いきなり世界の見え方が変わりました。書きたいと思っていた『女の子どうしの友情』だって立派なフェミニズムだったんだとわかったのが30歳のときで、それが作家のスタート地点です。
そこから現在まで、フェミニズムを物語の中に溶け込ませるようにしてずっと小説を書いてきましたが、今回はマリリンをよく知らない大学生の女の子がマリリンを研究するという設定なので、踏み込んで、フェミニズムについてストレートにわかる内容になっています。この本を読んでマリリン・モンローの印象が変わったという感想を聞くこともあって、書いてよかったなと思います」
【プロフィール】
山内マリコ(やまうち・まりこ)/1980年富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR—18文学賞」読者賞を受賞。2012年、受賞作を含む連作短編集『ここは退屈迎えに来て』でデビュー。そのほか『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』などの小説や、『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』『山内マリコの美術館は一人で行く派展』『結婚とわたし』などのエッセイ集がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年8月8・15日号