「どんでん返しの魔術師」ジェフリー・ディーヴァーや、自身が愛してやまない小説や漫画、アニメやドラマへの畏敬の念と情熱が、阿津川辰海氏(29)の最新作『バーニング・ダンサー』の出発点にはあったという。
舞台は警視庁公安部内に設置された〈コトダマ犯罪調査課〉、通称〈SWORD〉。全世界に100人が存在し、それぞれ異なる動詞を操る〈コトダマ遣い〉の犯罪を、同じく能力者達が捜査するこの世界初の公的機関には、元捜査1課の〈永嶺スバル〉や捜査経験ゼロで武闘派の〈桐山アキラ〉ら、背景も能力も様々な計8人が参集。カリスマ性に溢れる美貌の課長〈三笠葵〉の下、渋谷区の〈洋生電力〉工場内で2人の男性が〈筆舌に尽くしがたい方法で〉殺された異様な事件を追っていた。
目撃者によれば、まずは目の前で〈突然、人が燃え〉、その火だるまと化した男から逃げた先で、全身の血液が沸騰し、夥しく出血した、別の死体を発見したという。班長永嶺は犯人を〈燃やす〉のコトダマ遣いと仮定し、捜査を進める。つまり本作は能力ありき、コトダマありきで物語が展開し、無数のどんでん返しが待つ、警察小説でもあるのである。
昨年、『阿津川辰海 読書日記』で本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞した著者は、〈この熱量と文字量。どうかしてるぜ〉との帯も頷ける、無類の本読みでもある。
「両親もミステリー好きなんですが、本格好きになったのは、『お前、なかなか見どころあるね』と言って『十角館の殺人』(綾辻行人著)と『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ著)と『葉桜の季節に君を想うということ』(歌野晶午著)を勧めてきた中学時代の図書室の司書さんが原因なんです。今思うとあの役は親じゃできない。僕にとってあの司書さんは普通なら中2の子に読ませない本を読ませ、悪いアソビを教えてくれる、有難い大人でした(笑)」
本作の一見特殊な設定も、自身にとっては昔から馴染みのあるものが多いとか。
「とにかく今回はディーヴァーっぽい手口とか表題とか〈ロカールの原則〉とか、ファンがニヤニヤしそうなオマージュをあえて恥ずかしげもなく入れていきました。特殊能力に関しては、2010年代放送のドラマ『SPEC』が好きで、特に初期の回は本格ミステリー的にも完成度が高く、ああいう世界観の話を一度書いてみたかったんですね。さらに僕の中には幼い頃に読んだ『金色のガッシュ!!』や『うえきの法則』のような能力者系バトル漫画や、最近だと『ウェルベルム―言葉の戦争』のように言葉を使った頭脳戦の世界観もあって、コトダマ遣いというワードも結構早い段階で頭に浮かんではいました」
本作で言うなら、永嶺は〈入れ替える〉で、桐山は〈硬くなる〉。元捜1刑事で謎多き中年駐在〈坂東〉は〈放つ〉で、彼とコンビを組む〈望月知花〉は非生物の声を〈聞く〉能力など、実は単独では微力な能力もあり、効力は前後の文脈や使い方次第。また永嶺は指を鳴らしてから、望月は掌で包める大きさだけなど、厄介な〈限定条件〉もある。