自分を大切にしながら働く人たちがここにいる
「連載中、『辻山さんの連載、読んでいます』と言われることはあっても、『日本の「地の塩」……』と正しくタイトルを言ってもらえることはなかなかなくて。やっぱり言葉になじみがないんですかね。私も本を売る立場の人間ですから、本にするときに変えた方がいいかなと思いました。
いまの時代って、人間を人間として扱わないところがあります。たとえば数字みたいに扱ったり、AIに置き換えればいいんじゃないかと考えたり。働く場面で人間性が次第に失われつつあるいま、自分を大切にしながら人とのかかわりを持てる働き方をしている人がいる。手前味噌かもしれませんが、そういうわれわれの仕事の実相を知ってもらうことで、何かのヒントになればいいなと思います」
同業者どうしの率直なやりとりが興味深い。たとえば京都の丸太町にある誠光社の堀部篤史さんの「個人として生きたい人と、それを消費しようとする人たち。それって戦争みたいだなと……」という言葉。SNS用に写真を撮ろうと個人の店に押しかける人たちについて、見えているようで見えていなかったものを見せられ、どきっとした。
「京都の人は一見さんに対して木で鼻をくくった対応をすると言われたりしますけど、一方で仲間どうしの絆がしっかりあって、自分たちの生きる場所を守るみたいな気持ちが強いように思います」
インタビューする側の辻山さんが逆に質問されることもあり、話はどんどん深く掘り下げられていく。
「解像度の高い仕事の話って、どんな仕事の話でも面白いと個人的に思っています。同じ仕事の人間どうしですから、リアルな話がガツンとできた。話を聞いているときはぼんやりした印象だったのに、文章に起こしてみたら、すごく光る言葉が多くてびっくりしたこともあります」
京都と大阪の中間ぐらいに位置する水無瀬の長谷川書店、長谷川稔さんの、こんな言葉も印象に残る。
「この仕事をはじめたときから、全力で可能性のほうにかけ続けているんですよ。お客さんを低く見ないというか、見くびらないようにして」
ふつう新刊書店では、話題の本を目立つところに平積みにするが、長谷川書店水無瀬駅前店では、平積みにすると売れないので一冊ずつ並べる。一対一のやりとりなのだ。
「先日、関西で用があって長谷川書店をのぞいたんですけど、ぼくたちが店にいるあいだずっと、長谷川さんは、お客さんに話しかけられてましたね。子どものいるお母さんや近所のおばあちゃんがやってきて、何か話して『バイバイ』と去っていくんです」
旅の終わりは新潟・北書店に行くと決めていたそう。辻山さんが北書店の佐藤さんに初めて会ったのは2015年7月20日、勤務先のリブロ池袋本店が閉店した日だった。
佐藤さんは2022年に脳内出血で緊急搬送された。復帰後は一度、店を閉じ、移転して規模を縮小して再開するが、辻山さんが訪れる少し前には取次(仕入れ先)が倒産、新たな取次を見つけて……と波乱はさらに続いていた。
「なんだこの試練は」と憤りつつ、佐藤さんは本屋を続けている。2時間半、立ちっぱなしで行われたという怒濤のインタビューは、「地の塩」であることと、本のタイトルの「しぶとさ」も感じさせ、旅の終わりにふさわしい、密度の濃い内容になっている。
【プロフィール】
辻山良雄(つじやま・よしお)/1972年兵庫県生まれ。大手書店チェーン「リブロ」勤務を経て、2016年1月、東京都杉並区(荻窪)に新刊書店「Title」を開業した。著書に『本屋、はじめました』『365日のほん』『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』、『ことばの生まれる景色』(nakabanとの共著)がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年9月5日号