しかし、曲がりなりにも革命は成功し、中華民国が成立した。その後、革命政権のトップの座を孫文から譲られた袁世凱は、じつはいずれ皇帝になるという野心を抱いており、その障害となる民主派のリーダー宋教仁を暗殺するという暴挙に出るのだが、そんなことはこの時点で誰にも読めない。陸軍参謀本部はとりあえず革命が成功したのだから、プランBは必要無くなったと考え、放棄した。
とは言っても、なにが起こるかわからないのが世の常である。だから積極的軍事援助こそ中止したが、川島を通しての善耆の「保護」は続けた。この間、川島と善耆はさらに親交を深め二人は義兄弟となり、善耆の娘が川島の養女となったことはすでに述べた。参謀本部は積極的応援もしなかったが、それを黙認した。なぜなら、「パイプ」つまり人脈というものは多く確保しておくにこしたことはないからだ。
そして大隈内閣の時代、その人脈が生かされることになった。袁世凱が自ら皇帝に即位したからだ。そんなニセモノの、しかも反日の皇帝を認めるよりは、本物の清朝皇帝を日本の手で復活させたほうが遥かにマシ、ということである。
(第1428回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2024年8月30日・9月6日号