【著者インタビュー】カツセマサヒコさん/『ブルーマリッジ』/新潮社/1760円
【本の内容】
雨宮守と土方剛の2人の男性の視点で交互に物語が綴られる。《声は掠れ、震え、裏返る寸前だった。指先は感覚をなくして、もう自分の体じゃないみたいだ。/─結婚しませんか》(雨宮)。《離婚したいと、妻が言った。/娘の結婚式の翌々日のことだった。/聞き間違いかと思ったが、そうじゃなかった》(土方)。結婚と離婚、年齢も状況もまるで違う2人の男性の物語は交錯し、その先には思いもよらぬ人生の暗転が待っていた──。「ブルーマリッジ」のタイトルがじわじわと胸を締め付け、価値観を揺さぶる傑作恋愛小説。
淡いブルーとピンクの繊細な色味の装幀だが、半透明のカバーを外すと深い青の水面の表紙が現れ、ハッとさせられる。
「結婚って一見美しいイメージですけど、ヴェールをめくると、美しいだけじゃなく地味だったり大変だったりすることもありますよね。本の内容に沿ったデザインで、装幀でこういうこともできますよ、と提案していただいて、それはぜひ、ということで実現しました」
きちんと過去を向き合う話を書いてみたいというところから
『ブルーマリッジ』は、カツセさんの3年ぶり3作目の長編小説である。
雨宮守と土方剛。年の離れた2人の男性の視点で、交互に語られる。
26歳の雨宮は同棲している年上の恋人にプロポーズした場面から、50代の土方は妻に離婚を切り出されるところから物語が始まる。雨宮と土方は同じ専門商社で働いており、2人の視線は時々交錯する。
結婚の難しさを男性の視点で描いた普遍的な物語として読める一方で、表紙カバーを外したときの驚きに似て、読みすすめると、無自覚な加害という非常に現代的なテーマに突き当たる小説でもある。
「ライターの仕事を始めてずいぶんたちますが、この7、8年、ジェンダーやフェミニズムに関する情報が自然と自分の中に入ってきて、学生時代の自分の言動や、過去にライターとして書いた記事の無自覚な加害性に気づくことがあまりに多かったんです。そういう人間がこれからも表現を続けていくとしたら、いったんきちんとその過去と向き合ってみる話を書いてみたいというところからこの物語が生まれました。
無自覚な加害ってどこでいちばん行われるんだろう。やっぱりいちばん身近な恋人やパートナーに向けてなんじゃないか。そう考えて結婚と離婚というテーマに結びついたという流れです」
はじめは妻から離婚したいと言われる土方を軸にして書いていたが、改稿するうちにどんどん変わっていき、雨宮と土方をほとんど同じ重さで描く、いまのかたちに落ち着いたという。
優秀な営業マンの土方は、管理職になると部下にも自分と同じように働くことを要求、目をかけていた部下の女性にパワハラだと訴えられる。パワハラを匿名で告発できるこの制度の発案者が人事部に配属された雨宮だった。
「2人がそれぞれ『いいやつ』と『悪いやつ』になっちゃいそうですけど、善と悪に分けてこの小説を書きたくない気持ちがすごくあって。人間関係も、もっと大きい国と国との関係性もそうなんじゃないかと思うんですけど、それぞれがこれまでの慣習や信念に基づき行動した結果、加害が起きると思うんですよね。
なので、加害にいたるまでの過程にもスポットライトを当てて書こうと意識しました」
おれはこんなにがんばってきたのに、どうして妻も部下もわかってくれないのか。土方の目に見える世界も丁寧に描かれるので、彼の心情がきちんと読者に伝わってくる。
雨宮についてもそれは同じで、パワハラ被害者の話を聞く立場の雨宮が、ある人との関係では小さな加害をくりかえし、その本人から言われるまでそのことに気づいていなかったりもする。