完成だと思って原稿を送るたびに、大量の赤字が返ってきた
苦境の彼らに手を差し伸べるのが、どちらのケースも同性の知人であることにもカツセさんの思いが投影されている。
「男性性の鎧みたいなものを着こんでいるとき、その鎧を剥いでくれる人が近くにいないといけない、というのは自分が実感していることで、男性どうしでケアできたらいいな、という気持ちがありました。窮地に陥った男に女性が手を差し伸べる、ケア役に女性をあてる物語は、もういいかなと思ったので」
原稿を書き上げてからさらに1年近く改稿を重ね、最後は出版社の宿泊施設に泊まり込んで完成させたそうだ。
「ぼくはこれで完成だと思って原稿を送るんですけど、そのたびに大量の赤字が返ってきて。なんで伝わらないんだ!と思いながらも直すたびに圧倒的によくなる実感があるので悔しいですよね(笑い)。
改稿を重ねるたびに担当編集者と議論を重ね、『こういう被害を受けた人はこんな発言をできるだろうか?』『どんな会社なら現実的か?』とじっくり話し合いました」
カツセさんは新卒で印刷会社に入社し、小説の雨宮と同じように人事系の職場に配属されている。メンタルヘルスの問題で休職した社員の復帰面談や退職面談に立ち会ったこともあったそうだ。
会社員時代に書いていたブログの文章に目を留めた編集プロダクションの社長から誘われて転職。ウェブライターとしてさまざまな仕事をするなかで「小説を書いてみませんか」と編集者に言われて書いたのが、映画にもなった『明け方の若者たち』である。
前2作の小説はコロナ禍まっただなかでの刊行で、読者と会えるイベントがほとんどできなかった。今回の『ブルーマリッジ』でようやく東京以外でもサイン会ができた。
「すでに読んだというかたからいろんな声を聞かせてもらって。自分の経験を話してくれて、被害の場合も加害の場合もそれぞれあったりして、みんな簡単にはハッピーエンドを迎えられない物語を生きているんだなと実感しました」
女性からの、「自分の加害性を考えるきっかけになりました」という声を聞くのが意外だったという。
「男性読者で、『自分の過去を顧みるきっかけになりました』と言ってくれた人もいました。いちばん読んでほしい、ふだんビジネス書しか読まないような管理職男性からの感想はまだあまり届いていないので、ぜひ読んでもらいたいです。
これを書いたからもう大丈夫という免罪符みたいなものはなくて、過去から目を逸らさず生きていくことが大事だし、いまも自分の中に潜む偏見とどう向き合っていくかを必死に考えているところです。一生続くテーマだと思います」
【プロフィール】
カツセマサヒコ(かつせ・まさひこ)/1986年東京都生まれ。ウェブライターとして活動しながら2020年『明け方の若者たち』で小説家デビュー。同作は2021年、北村匠海主演で映画化もされた。同年、川谷絵音率いるバンド「indigo la End」の楽曲を基にした小説『夜行秘密』を書き下ろし。本作は3作目の長編小説。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年9月12日号