表紙は鮮やかなピンク。色の指定も山川さん自ら行った

表紙は鮮やかなピンク。色の指定も山川さん自ら行った

 山川さんの努力の結晶である『100%男女交際』は、1986年の日本レコード大賞の編曲賞を受賞する。女性編曲家として初の快挙だった。

「いまも昔も、音楽業界の裏方は9割が男性スタッフ。時間が不規則だったり肉体的にハードだったりして、女性が門戸を叩くハードルが高いのかもしれないけれど、私はそれがもったいないことだと思っていて。アイドルやミュージシャンのように表舞台に立つ以外でも、女の子が音楽業界で手に職をつけ、生きて行く方法があるのだということを身を持って伝えたかったというのも、本を書こうと思った大きな理由です」

 山川さんが音楽を始めたのは幼少期。家にあった琴を触っていた少女が小学2年生半ばからピアノをスタートさせると、その才能はぐんぐん花開いていった。本書には、音楽を愛しながらも人前で歌うことが苦手だった山川さんがアレンジという仕事に出会い、道を切り開いて行く様子も綴られている。合唱にも魅了されコーラス部に入ったが、ソロで歌うと極度に緊張してしまう“あがり症”に悩まされてもいた。そんな山川さんの日常に転機が訪れたのが、高校2年の1学期だった。

「クラスメイトの古谷野とも子に誘われて、ヤマハのポプコン(ポピュラーソングコンテスト)にユニットで出場したら良いところまで進んで、あちこちからプロになりませんかと誘われたんです。夏休みを明けたら彼女は学校をやめてシンガーソングライターとして一歩を踏み出していきましたが、うちは厳しかったので大学に入るまではダメだと許されなくて。だけど私も、初めて音楽の世界に自分の力で足を踏み入れることができたという感激があったんですよね。

 人前でひとりで歌いたくはない、けれど音楽を仕事にして自立したい。それでヤマハでアルバイトをしながら制作部署の人たちと話すうち、編曲という仕事があることがわかって、興味を持つようになりました」

 写譜やスコアの書き方、レコーディングアレンジやサポートミュージシャンの様子を“見て”学んだり、レコーディングやコンサートのサポートスタッフとして“参加して”学んだりするうち、「編曲こそクリエイティブ」と実感するようになり、編曲家としての実績を着実に積み重ねて行った山川さん。しかしながら、その知名度も権利も作曲家に比べてあまりに低いのも事実だ。

「編曲は並大抵ではない労力がかかるんです。それでいてどんなに大ヒットしても、インセンティブが支払われることはなく、1曲20万〜30万円で買取契約というのが相場。

 なぜこんなに編曲家の権利が弱いかというと、まだモノラルレコーディングの時代のこと、編曲家は存在するもののレコーディングスタジオに譜面を届けるにとどまり中に入ることなく、代わりに指揮者が現場でその仕事を担っていた歴史があるそうで、そうして編曲という作業が曖昧に始まったせいだと言われています。それとコンサートやテレビ番組で演奏する際、アレンジを変えることも多いから、1つの編曲に決めきれないというのもあるのかもしれません。そういう意味で、好きじゃないとできない仕事ではありますね」

 ただでさえ女性の少ないハードな現場であるうえに、複数の案件を掛け持ちできるスピード感と胆力がなければ自立は難しい職業だといえる。それゆえに苦労しつつも、山川さんは「マイルール」をもって果敢に道を切り拓いてきた。

「まず依頼されたら締め切りを守ること。破ったら次がないですから。病気とか自己都合でキャンセルしたこともありません。

 そして『そこまでの仕事じゃないから適当で』とか『○○と同じでいいよ』と言われたとしても、120%、200%の力を尽くすということ。編曲の仕事は多岐にわたり、歌謡曲だけでなくアニメの劇伴もあればデパートで流すためのBGMのような自分の名前が出ない仕事だってある。だけど依頼してくれる人は私だとわかっているわけだから、その人たちに山川に頼めば落とさないし、失敗がないし、依頼した以上のことをやってくれるって思ってもらいたい。それでも力を尽くして喜ばないかたはいないじゃないですか。どうしても立て込んでいるときは力及ばずということもあったと思いますけど、自分の中での合格ラインというのは絶対に守ったし、そのラインはプロが見ればわかるんですよね。

 100%じゃ減っていくだけだから、120%、200%と常に心がけていないと仕事をもぎ取れないと思うんです」

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