身近な気づきが着想のきっかけ

 他にも家出した娘が突然2人の孫を連れて現われ、つい同居を許した60代女性〈美也子〉の壮絶な日々を描く第3話「ビースト」や、娘の独立後、急にお洒落になった〈佐野さん〉を巡る住民間の恋愛騒動の顛末を、熟年離婚後、マンションの管理人に転身した〈滝本〉の目から描く「アフェア」等、どれも着想のきっかけは身近な気づきだという。

「例えば第3話の主人公が娘を突き放せないように、最近は3度の食事もままならないほど追いつめられたシングルマザーの話をよく聞きますし、やっぱり誰かが手を差し伸べないと。

 もちろん『家族の幸せが私の幸せ』というお母さんは今でもいらっしゃるし、それはそれで素敵だと思う。でもそんなご家庭だけじゃない事実ももっと知られていいし、養育費を全く払わないズルい元夫がどこかにいるわけですよね。私は怒る立場にないけれど、さすがに養育費は払えって、もっと社会の側が言ってもいいのにな、とは思います」

 そうした明白な悪が介在せずとも、悲劇を招きうるのが家族の難しさだとも。

「基本は母親思いな岬樹も、母親の変化に戸惑う佐野さんの息子さんも、誰も悪くないのに、ハッピーエンドにはなりにくいんですね。まして今後は佐野さんのように離婚した独居老人が増えたり、家族に関しても新旧様々な価値観がせめぎ合う中で、お墓はだったら2つ作るのかとか、私達はその過渡期を何とかしていく世代なのかもしれない。そして何とかするうちに自分も老いていく、そういう世代なんだと思います」

 1988年のデビュー当初から、「犯罪の当事者を記号化し、人の死を平気で跨ぐような小説やドラマには反発しかなく、むしろその人が罪を犯した理由や殺された背景に目が行きがちなタイプ」と乃南氏は自己分析する。母親という記号の裏に隠されたその人らしさがどんなものであれ、だから彼女は目を凝らし、作品に描くのだ。

【プロフィール】
乃南アサ(のなみ・あさ)/1960年東京生まれ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務等を経て、1988年『幸福な朝食』(日本推理サスペンス大賞優秀作)でデビュー。1996年『凍える牙』で第115回直木賞、2011年『地のはてから』で第6回中央公論文芸賞、2016年『水曜日の凱歌』で第66回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。著書に『鎖』『風紋』『しゃぼん玉』『ウツボカズラの夢』『チーム・オベリベリ』『涙』『家裁調査官・庵原かのん』『緊立ち 警視庁捜査共助課』等。映像化作品も多数。159.6cm、A型。

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2024年9月20・27日号

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