「大変嬉しいことです。でも、選んだ人がよほど変わった人だったのか、こんな映画が日本代表で本当にいいんですかね(笑)。よくわかりません。これまで僕の作品には『トウキョウソナタ』(2008年)、『岸辺の旅』(2015年)、『スパイの妻』(2020年)のようなヒューマンな映画もあったのですけど、“スリラーの『Cloud クラウド』を選びますか?”と、キョトンとなりました」(以下同)
ベネチア国際映画祭では、『スパイの妻』が監督賞に当たる銀獅子賞に選ばれた実績がある黒沢監督。だが今回は、なぜか賞の対象外である「アウト・オブ・コンペティション部門」。いくら『Cloud クラウド』がチャレンジングな作風だったとはいえ、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)や『TITANE/チタン』(2021年)など、世界三大映画祭でもジャンル映画が最高賞を受賞する昨今の傾向に鑑みても、残念な気がしなくもない。監督本人も納得がいっていないのでは。
「いえ、まったくそんなことはありません。呼ばれただけで充分有り難いです。コンペ部門というのは、諸刃の剣のところがあります。“コンペ”と呼ばれるくらいだから競わされ、順位がつく。それで華々しく賞をとれば『さすが』と言われますけど、一方で叩かれることも。呼んでおいて叩くのはひどいと思うんですけど(笑)。だったらアウト・オブ・コンペのほうがよっぽど良かったって話で」
ということで、激しい競争に巻き込まれることもなく、リラックスしてベネチア国際映画祭を満喫している様子の黒沢監督だった。
「知り合いの転売をやっている男は、一生懸命働いている」
さて、本作の主人公・吉井の仕事は「転売屋」。監督は過去作の『連続ドラマW 贖罪』(WOWOW、2012年)でも転売屋を登場させたが、そんなに気になる職業なのだろうか。
「知り合いに転売をやっている男がいたのですが、すごく一生懸命働く仕事なのです。やるべき事がたくさんあり、儲かる時は儲かるけれど、常に注意をしていないと在庫が溜まったりと大変。会社なら個人のリスクは薄まるけれど、転売屋は1人で全部に対応し、いろいろなリスクを背負う。犯罪スレスレですが、これもひとつの生き方。資本主義の冷たい現実という現代社会をシンボリックに見せることができる仕事だと直感しました」
吉井は「ラーテル」というハンドルネームを持ち、淡々と仕事をこなし、稼ぎも好調だ。しかし、そんな彼は徐々に周囲から敵意を向けられる。知らない者同士がインターネットを介し、吉井の襲撃を画策。インターネットは憎悪の増幅装置に変わる。さまざまな憎しみや不満をこじらせた人、あるいは単なる暇つぶしをしに集まる人、そんな人間模様は異様だが、妙にリアルだ。希望や展望が見えない時代の現代人の心の在りようが、風刺的に浮かび上がってくる。そして、本作の見せ場である怒涛のアクションシーンへと流れ込むのだ。
「この映画の大きなセールスポイントとして、銃撃戦をしっかりやっていることは外せません。アメリカ映画では銃は非常にありふれていて、重宝される小道具です。しかし、日本では本物の銃を扱ったことがある人は少なく、銃撃戦をうまく撮るのはなかなか難しいのです。銃はあっという間に人を殺せたりするなど、ドラマが大きく展開する重要な小道具。それをどう撮るのか。そして、銃を持ってしまった人をどう演出するのか。これまで自分の映画でも、小さな形ではちょこちょことやってきたのですが、本格的にやったのは今回が初めて。いろいろと新しいチャレンジや実験的なことをさせていただきました」
菅田には「脚本だけでは、どう演じていいのかわからない」という戸惑いがあった
今回は、主演の菅田のベネチア入りは叶わなかった。歌手に俳優に目覚ましい活躍を続ける菅田のどんなところに、巨匠は魅力を感じているのだろうか。
「言葉で言えない独特のアンバランスさがあると思います。パッと見はどこか鋭い目つきであったり、顔立ちや身のこなしがとがっている感じがありますが、しゃべるとすごく低い声で柔らかいのです」