しかし、その天性の素材以上に、演技者として「うまくて的確」なのだと語る。
「今回、(転売屋を仕事にする)“普通の人”の芝居は難しかったと思います。普通の人って何かというと、万事が曖昧だということです。例えば、商品が売れた瞬間に、半分は『やった!」と思い、もう半分は『やばいかも……』と思う態度。これが僕にとっては“普通の人”なんですけれども。どっちつかずの曖昧さを、菅田さんは的確に演じられるんですね。ただ曖昧なだけだと捉えどころのない魅力のない人になってしまうのですが、彼は違う。言葉として矛盾してるかもしれないですが、“くっきりと正確に”曖昧さを表現できる。これは演技力ですね。『良いと悪いの中間をやってください』と言ったら、『わかりました』と中間をやれる。素晴らしい力だと思います」
とはいえ、その “普通の人”の演技を引き出せたのも、俳優を確かな方向へと導ける黒沢監督の “くっきりと正確な”ディレクションがあってこそだろう。
「最初は菅田さんも、『脚本だけでは、どう演じていいのかわからない』という戸惑いがあったようです。『何か参考になる映画はありませんか』と聞かれたので、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』を薦めました。そうしたら『わかりました』と見てくれて、いたく感激していました。あのドロンは明らかに犯罪者ですが、善人でも悪人でもない。人間の存在感って、そもそも“曖昧” なんじゃないでしょうか。真面目にコツコツと悪事を働く主人公の姿も、菅田さんにはすごく新鮮だったみたいです」
そして、曖昧な存在のアンチ・ヒーロー的な転売屋に挑んだ菅田将暉。『Cloud クラウド』は、監督と主演俳優、双方にとって新たなステージに進む重要な1作となるだろう。
【プロフィール】
黒沢清(くろさわ・きよし)/1955年、兵庫県神戸市出身。立教大学在学中に8mm映画を撮り始め、長谷川和彦、相米慎二に師事。役所広司主演の『CURE』(1997年)で世界的に知られるように。以後も秀作をコンスタントに送り出し、全盛期が途切れぬような第一線での活躍を続ける。主な作品にカンヌ映画祭の国際映画批評家連盟賞受賞の『回路』(2000年)、『アカルイミライ』(2002年)、カンヌ映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞の『トウキョウソナタ』(2008年)、カンヌ映画祭「ある視点」部門監督賞受賞の『岸辺の旅』(2015年)、初の海外作品『ダゲレオタイプの女』(2016年)、ベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞の『スパイの妻』(2020年)など。今年は配信作品として作られた『Chime』、フランス製作のセルフリメイク『蛇の道』、本作『Cloud クラウド』の3作品が劇場公開された。過去には、東京芸術大学大学院教授として映画人育成にも尽力している。
◆取材・文/林瑞絵(はやし・みずえ)
在仏映画ジャーナリスト。北海道札幌市出身。映画会社で宣伝担当を経て渡仏。パリを拠点に欧州の文化・社会について取材、執筆。海外映画祭取材、映画人インタビュー、映画パンフ執筆など。現在は朝日新聞、日経新聞の映画評メンバー。著書に仏映画製作事情を追った『フランス映画どこへ行く」(キネマ旬報映画本大賞7位)、日仏子育て比較エッセイ『パリの子育て・親育て」(ともに花伝社)がある。
『Cloud クラウド』 9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(C)2024「Cloud」製作委員会 配給:東京テアトル 日活