ある施設では、コスト削減のためレストランで出す鰻をこっそり中国産に変えたという元職員の証言もあった。入居者は誰も気付かず、その後、食堂の好きな品目についてアンケートを取ると鰻が1位になったと苦笑いで明かしてくれた。
そうした不都合な事実を見つけられるのが怖いのだろう。取材後に原稿を確認させろと言ってくる施設が多かった。
無論、事実確認のためであれば原稿の事前開示もやぶさかではないが、無理難題を押しつけてくるケースには辟易した。
都内のある高級施設では、事前の原稿確認を求めてきたうえ、入居者の言葉として、「ここでの生活は快適です」「スタッフには奉仕の精神がありました」といった文言を入れろ、でないと掲載はさせないと要求してきた。こうなると脅しだ。もちろん施設側の要求は突っぱねた。
一方で、これぞ超高級老人ホームの真骨頂だとも感じた。
彼らは、これまで施設を褒め称える取材しか受けてきていない。先の関西地方の施設は、過去にテレビで何度も「庶民の羨望の的」として扱われてきた。メディアの“提灯記事”により、実態と乖離したイメージが一人歩きする結果になったと言える。
看取りについても同様である。高級施設の多くは、「うちは看取りまでやっている」と謳う。しかし、鵜呑みにはできない。要介護が進むと最期は住み慣れた部屋から出され、看取り専用の別棟に移されるケースが散見されるからだ。
先に述べた東海地方の高級施設では、死期が近づくと系列のケアホテルに転居するケースが目立つことを元理事長が明かしていた。「あっち行くと、すぐ死んじゃうんだよ」とボヤいていた。
寝たきりになった入居者が「介護専用棟」に転居させられ、最期は病院に運ばれて死去する。こうした事例は各地の高級施設で多数聞いた。
施設側の言う「最期」とは一体何なのか、考えさせられる出来事だった。
取材の過程で数多の超高級老人ホームを見てきたが、そこに住む人々は本当に幸福なのだろうか。いまも答えは分からない。
ただひとつ言えることは、仮にお金があったとしても、「私は入りたくない」ということだけだ。
【プロフィール】
甚野博則(じんの・ひろのり)/1973年生まれ。ノンフィクションライター。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などでルポルタージュを執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)、『ルポ 超高級老人ホーム』(ダイヤモンド社)がある。
※週刊ポスト2024年10月4日号