質問に回答する形式は自分にとって最もストレスがない
「おいしさ=純粋美味+マズ味のバランス」という公式や、「苦手なものを食べるのは、時に、好きなものを食べるより結果的に楽しい」など、これまで言葉にされてこなかった感覚がみごとに言語化されていく。
「みんなうっすら思っていても言語化されていないことを言葉にできたときはすごい快感があります。食べ物って、言葉にするとき、おいしいとかまずいの感覚的なもので止まっているところがあって、だからこそ雑誌や本でも写真とワンセットになっていたりします。文章の力だけでおいしさを表現しようとすると、どうしても今までされてこなかったことの言語化を、言葉の力を信じてやってみるしかないんですね」
X(旧Twitter)などのSNSが、言葉が生まれる場所になることも多いそう。
「超短い日記であり、メモがわりです。そのへんの紙に書いたらなくしちゃうけど、SNSだと後から検索もできますし(笑い)。アイディアのひらめきを思いつくまま書いていると、あるとき断片がすっとつながる。他の人からの反応がヒントになることもあります」
回答の切り口が多彩で、「稲田さん原作のマンガが読みたい」「ドラマ脚本も書けそう」など、さまざまな方向に妄想が広がっていく。
「書くことはぜんぜん苦にならないです。時には編集者をお待たせすることもあるので、あまり大きな口は叩けないんですけど。
ひとつ言えるのは、質問されて回答する、という形式って、世の中のありとあらゆる形式の中で自分にとって最もストレスなくスピーディーに書けるんだと思います。テーマは何でもいいから3000字のエッセイ書いてと言われたら半日とか1日かかるけど、質問回答の形式なら同じ分量を1時間で書ける、みたいな」
質問に答える形式は、じつは稲田さんの本業である飲食業の仕事に深く結びついているらしい。
「ぼくの仕事は、何年かおきにいろんな店をつくっていくことなんですね。最初は店に自分がいて料理をつくるけど、ある期間が過ぎると残った人たちにすべて託して次に移っていく。必然的に自分の仕事というのは、いろんな店からの質問に答えることになります。このレシピはなぜこうなってるんですか、とか、ここはこう変えてもいいですか、とか」
一昔前の料理人なら、黙って言った通りやれと言うところだが、もうそんな時代じゃない、と稲田さん。
「なぜそのレシピになっているか、みたいなことをきちんと全部、言葉で説明します。料理をつくるのと同じぐらい、かかわってくれる人に説明するのが重要な業務です。答えることで自分自身の考えが深まるというのを、料理の仕事で体験してきて、自分の天職は『質問回答業』なのではないかというぐらいに思っていたので、その延長にこの本はあると思います」
【プロフィール】
稲田俊輔(いなだ・しゅんすけ)/鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て、飲食店業界へ。様々なジャンルのメニュー監修や店舗プロデュースを手掛ける。2011年、南インド料理店「エリックサウス」を開店し、南インド料理ブームの火付け役に。新書に『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『料理人という仕事』、レシピ集『だいたい1ステップか2ステップ! なのに本格インドカレー』、小説集『キッチンが呼んでる!』、エッセイ集『異国の味』『現代調理道具論 おいしさ・美しさ・楽しさを最大化する』など多数。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年10月10日号