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【逆説の日本史】「ビリケン内閣」成立の大正五年に起きた「注目すべき事件」とは?

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その8」をお届けする(第1431回)。

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 モンゴルも含めた対中国政策の失敗と総括していいだろうが、その責任を問われて大隈重信首相は退陣に追い込まれた。一九一六年(大正5)十月四日のことである。辞表を提出した大隈は、前にも述べたように政党政治そして英米協調路線の後継者として加藤高明を後継に推したのだが、「対華二十一箇条」を袁世凱に突きつけたときの責任者(当時外相)としてその政治手腕を疑問視する傾向が強く、政党政治を推進する姿勢を見せていた元老西園寺公望の支持さえ得られなかった。

 代わって、その日のうちに長州閥の後継者である陸軍大将寺内正毅に大命が降下した。長州閥の頂点に立つ元老山県有朋が推薦したのが大きいが、すんなり決まったのは西園寺もしぶしぶ賛成したからだ。「政党政治の有力な後継者はいない」というのが、西園寺の苦々しい思いだったろう。寺内内閣は政党政治を軽視した超然内閣の復活であり、山県は喜んだに違いないが。

 思い出して欲しい。大正元年に吹き荒れ、長州閥の直系だった桂太郎内閣を倒した護憲運動のスローガンは「閥族打破憲政擁護」だったのに、時計の針はそこまで戻ってしまったのだ。その点は、西園寺だけで無く政党政治の後継者と目されていた加藤高明や犬養毅や原敬らも感じていたはずである。

 思い出して欲しいと言えば、司馬遼太郎が寺内正毅を強く批判していた(『逆説の日本史 第26巻 明治激闘編』参照)ことも、だ。あのときも紹介したが、寺内は「重箱の隅をつつくような細かいところがあり、官僚タイプの軍人」(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊)であった。そして、このようなやり方で元老伊藤博文が亡くなった後の韓国統治を、第三代韓国統監として「つつがなく」やり遂げたと評価されたのである。

 韓国併合とは、韓国側にもそれを望む勢力があったことは『逆説の日本史 第二十七巻 明治終焉編』に詳しく述べたところだが、それもあって初代韓国統監でもあった伊藤博文は強引な併合は望まず、韓国の自治権を広く認めていこうという考えの持ち主であった。しかし、その伊藤が韓国人の安重根に暗殺されたことによって「やはり韓国人は愚かだ。一から叩き直すしかない」と考えていた強硬派が勢いづいてしまい、桂太郎首相と寺内正毅統監のコンビが韓国人の強い反感を買うような「弾圧的近代化」を進めることになってしまった。

 もっとも、このころになると頑迷固陋な韓国人の保守派も、近代化自体は認めざるを得なくなった。わかりやすく言えば「火縄銃ではライフルに勝てない」ということだが、朱子学という亡国の哲学によって日本ですらこの当然の事実を認めるのに長い時間がかかったことは幕末史のところで何度も説明したが、曲がりなりにも近代化に成功した日本が日清戦争、日露戦争に勝つことによって世界の列強に伍する国家になったことを見て、韓国人も日本に頼るしかないという考えに傾いたということだ。

 しかし、そうは言っても韓国人のプライドを尊重していた伊藤博文では無く、「重箱の隅をつつく」寺内正毅が併合事業を進めたことによって、後で大きなツケが回ってくることにもなった。このツケについてはいずれ述べるが、この大正五年時点での寺内への評価は、「単なる軍人では無く、朝鮮統治もなんとかこなした。政治家の才能もあるのではないか」ということだった。大隈の、とくに大陸政策が「軟弱」だと批判を浴びたこともあり、「強引」な寺内にお鉢が回ってきたのである。

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